カテゴリ:仕事関係( 160 )

人の性格ってどうしてここまで違うんだ、何がここまでの相違を生むのか、と感じることは年をとるに従って多くなるように思う。それは多分、年を取るということは仕事とか家庭とか環境による影響が増すので、もともと持っていた性格との相乗効果で極端になっていくのではないか、とさえ思うくらい。今日もそういう人と話していた。しょっちゅう話す割にはいつも新鮮であり、今日もそうだった。最近の自分は料理本のメニューについて考えていて「レシピに分量が載っていたってその通りにやるわけないじゃないよね。あんなの参考であって好きに作ればいいんだから」と相づちを求めたのだが、彼女はきょとんとしている。私はさらに「この間、友だちと話していたら、野菜の長さを本の通りに定規で測る人もいるらしいよ、冗談みたいだけど本当らしいよ」ともっと相づちを求めた。すると彼女は「知らない料理は調味料の分量を計る。だから『少々』なんて書かれたら困る」と驚異的な発言をするだけでなく「○○さんという料理家は野菜を均一に柔らかくするために長さを揃えることを提唱しているから、そうしようと思ったこともあるし、まな板にメジャーがついているといいと思うよ」と言うのであった。

しかも、週間メニューみたいなのを決めて貼っておいて、作ったものは印をしていくそうだ。はあ、信じられない。その瞬間の気分を状況がどこまで許すかが第一義である私にとっては、一応少しは事前に考えるにしても、それよりもキッチンに立ってから食材の状況と気分で即決という感じ。いい加減であるとは思うが、仕事しながらだったらたいていはそんなもんかと思っていたが違うんだ。料理本を見るのは好きだが、それって想像力を膨らませるためのものであって、その通りじゃないといけないとは思ってない。で、そういう自分は何か人生の道を決定的に間違えて歩いているような気になる。そのことは、キチンと子育てができないという過程で直面していることなのだが、しかしかといって一体どうしたらいいのか分からない。そしてびっくりすることに、几帳面にみえる友人は友人で、別方向から別種の、でも同じく悩んでいるわけだった。となると、もうしょうがない。このまま突っ走って限界になったらお手挙げするだけ…。反対方向から突っ走ってどこかの地点で両者お手挙げてって、無責任かな。いやいや責任感があるからここまで悩むんだよ、と慰めあったわけではないが、少なくとも黒々と笑い合った。
by kienlen | 2010-04-09 23:31 | 仕事関係 | Comments(0)

走る話

このところの滞りは単純に時間がないからだ。今日は外に出っぱなし。いつもより早めに起きて朝仕事をして、次の予定は午後だったのだが、近くもなく遠くもない半端な場所。途中の温泉の回数券があるから久々に寄ってみることにした。半端に時間があいても新しいことをするまでにはいかないし、そういえば今年になって温泉も行ってないんじゃないかと思って。先客はひとりだけ。露天風呂には誰もいなくて快適だった。

高校生の駅伝チームの監督の講演を聴いた。元選手。長距離ランナーの孤独って本がそういえばあったなあ。アラン・シリトー。自動的に浮かんでくるのはなぜだろう。まあ、それで、忍耐力をつけることを重視しているわけだが、もともと走ることが好きな子達に対して、走ることによって忍耐力をつけるということはできないから日常生活や学校生活をきちんとすることで忍耐力を養うみたいな話が、なんだかおかしかった。例えば勉強嫌いに対してひたすら机に向かわせるのは忍耐力の養成になるかもしれないが、それを勉強好きにやったら嬉しがられるだけだもんな。当然といえば当然だ。ゴルフをしに行くと、夫が妻に言うと、遊んでいると思われるが、マラソンに出場すると言うと、がんばってね、怪我しないようにと意われるとか。昨日と今日はまっとうな人に会えた。それだけでほっとする。
by kienlen | 2010-04-07 23:50 | 仕事関係 | Comments(2)

動きの気配

気合い入らない状態が続いていた。とりあえず今日は朝一番の打ち合わせがあったので散歩がてらにご近所へ。当方、アポ取ってあるつもりで行ったら先方にメールが着いてないことが判明。だからと言って帰れってことはもちろんなくて、基本線伝えているところに友人からランチの誘い。ちょうどいい、私も誘おうかと思っていた友人だった。家に戻ると別の友人から「○○さんが重症…」という連絡があった。重症って、つまりメンタルな意味で。自営業で1人暮らしで年齢もそう遠くない、私もよく知っている人。身につまされるなあと思いながらしばし○○さんについて話す。そうだ、深刻だ、と思っている時に別の友人から電話があった。昨日なんて電話はないし、メールの返事もこないし、大雪だし風は強いし、なんか絶望って思っていたが、電話が続く日もあるのである。

ともかく気合いを入れようと思える事もあった日だったな、と思いながら娘と夕食を食べていたら、友人から息子の合格祝いなんてものが送られてきた。びっくり。そこに風水の冊子が入っていた。娘と見た。1年の運気がグラフになっていた。簡単な冊子だったので特に本気出してみたわけじゃないが、ちょっとびっくりした。1月はいい運でスタートして2月3月が落ちて…、ふむふむ、ここまで当たっているじゃないか、へええ、で、その後、8月くらいがひとつのピーク。これって、今日のお話が実現すればそのまんまではないか。ううむ、不思議というか、こういうの見ると、なんかその気になるわけだ。まあ、どうであっても心当たりはあるってのがこういうものなのだが、ここは素直に非科学的で楽しく行こう。
by kienlen | 2010-03-10 23:41 | 仕事関係 | Comments(0)

一部分当たりの夢

無意識どころか、意識していることがそのまま夢になっていた。しかしうまく加工されているのが、いつものことながら夢の不思議なところ。今日は早急に考えなければならないことがあって、そういう時の常でベッドの中にいた。考えるのには横になるのがいいのだが、でも考えているといつものように眠くなる。考えるための手段として寝ているのに、何か思いつく前にいつも本当に眠ってしまう。陽気のせいだと思いたいが年中同じだから自分のせいだと思う。よく覚えているのは、その時に見た夢だからだと思う。一昨日に行ったイベント会場でちょっとだけ取引のある会社の社長にばったり会った。挨拶したら、本を売りに来ているということで買わされた。で、夢の中ではその社長に、いよいよ自分はやっていけないことを訴えたと思われる。その会社で働くことになった初日という設定だった。でもその会社の舞台は、ずっと昔若い頃に勤めていた会社だった。それが夢の面白いところ。

気持ち的には、これで定収入が得られる、と安心感ばかりが先立っていた。単純な自分である。お客さんに呼ばれていると言われて打ち合わせコーナーに行くと、その人は帰った後だった。携帯に「連絡くれ」という留守電が入っている。それらしき社名まで録音されていた。ここからが問題なのだが、私は「あ、仕事が入る、ありがたい」と思って電話しそうになるのである。ところが自分は雇用されている身ではないか。全く会社と関係ない人だったらプライベートで受注するということは可能かもしれないが、この会社に出入りしているお客さんである。これはまずいだろう、と思う。そもそも先ほど呼ばれて間に合っていれば、私は自分の名刺を渡すところだったではないか。どうしよう。こんなことで勤められるわけないじゃないか。困った困った困った。ここで踏ん切りがつかないようじゃあ、会社の名刺を印刷してもらう前に、やっぱり会社員はムリだからって言った方がいいのかな、どうしよう、と最後まで困っている夢だった。ある意味で今の心境を表している。もっとも困っている中身はかなり違うけど。
by kienlen | 2010-03-08 11:51 | 仕事関係 | Comments(0)

他人事じゃないけど

しばらく会っていない遠方の友人が「今、近くにいるんだけど」という電話をくれた。それで急遽会うことになった。しばらく、っていっても多分2-3か月ぶりかと思うが、その程度なのにずいぶんと雰囲気が変わっているように感じた。目つきが不自然に鋭くて、それでいて焦点は定まらずというアンバランスな印象。これはあまりいい状況にないんじゃないかと直感した。事業がうまくいっていないことは前から聞いている。不況に直撃された典型的なケース。ただ事業内容を考えれば、私だったら縮小しちゃうなと思う。私はもともと小さい人間なので、手の届く範囲を確実にする事の方が、大風呂敷を広げるよりも性に合う。いろいろなタチの人がいて、その組み合わせが面白いのだから、どれもいいんだけど、順調じゃない時にどう対処するかも、また人によって大きく異なる。やはり大変なのは、設備が膨大な製造業とかの、縮小が難しい企業だろうな。柔軟な対応っていっても難しい。

その友人の場合は従業員もなしの専門職的サービス業である。借金もない。子供は成人している。自分が食うくらいの稼ぎは自分でできるんだから、縮小しちゃえば楽なのにな、と思ってしまうのだが、一方で、人はその人の性分にあった生き方をするのが一番当人にも周囲にもストレスかけないと思っているので、半端なお節介はしたくない。後退や縮小なんてあり得ない、前進あるのみ、という人に対して私は何を言えばいいんだろうか。アイデアが沸いてこない。「どーしたらいいんだろう」が何回も登場した。「動くしかない」と友人。多分それは正解かもしれない。でも、動くことはリスクを伴うことでもある。もちろんリスクを取らずして何もできない。でも、ちょっと立ち止まるのも良くないか、というアドバイスがミスマッチなのは、もう長い付き合いになるので分かってしまう。苦しいな。こういう時は事故とか健康に気をつけないとね、と、それだけは言える。そういう点では自分も苦い経験をしているから。細かなトラブルに会わせていただくことで、大きなトラブルを避ける術を与えていただく。生きているってそういうことの連続という気がする。
by kienlen | 2010-02-22 23:40 | 仕事関係 | Comments(0)

店番の中休みの日

日曜日は店の定休日。自分の在宅仕事をなんとかギリギリ片付けた。店番している限りまとまった時間は取れない。いろいろと負担をかけている娘を労い、あとちょっと頼むよという意味で食事へ。たまには繁華街の方に出てみようかと提案したが、いつもの近所の店の方がいいというのでそっちへ行った。いい店なので私も異存なし。息子は毎日せっせと外に出ては勉強しているらしい。受験生ってやつだ。私としては、彼の生活の基本のなってないのにイライラするのでなるべく顔を合わせないようにしている。話をしてもお互い腹がたっておしまいという悪循環な親子関係。よって娘からの情報によると「昨夜、何か手紙見て喜んでたよ。『やったあ』って声出して友達に電話してた」ということである。そういえば模試の結果の郵便物が郵便受けに入っていたのは見ている。そのせいか。「兄ちゃんってエンジンかかるの遅いよね」と娘。全くその通りです。下は上を見られるし、親との間に上がいるから羨ましい。上は親とぶつかるばっかり。私自身もそうだった。

昨年の今頃も店番で、コックさんが来ないなど問題だらけの幕開けだった。今のコックさんはそういう問題がない普通の人というだけで気持ちが楽。そういえばそういう普通の人がコックさんであったことは今までに1度もないんではないだろうか。異常な世界にいると普通って何か分からなくなるが、それである。日本の地方都市で小さなタイ料理店をやるということの困難さの第一はコックさん探し。今回はそういう事情を見かねたタイ人が知り会いを首都圏から紹介してくれた。常連のお客さんが「コレ多目にやってさ、いてもらわないと」とお金のマークを指で作った。それができるといいのだが。今のところお客さんのひじょうに少ない日の方が多い。今日、予定より仕事がはかどったので残りは店番に専念できる。しかしまあ1週間が限度だな。手作りの小さな食堂を営むってどういうことか、年に1度経験できることを貴重とすべきだろう。
by kienlen | 2010-01-10 22:35 | 仕事関係 | Comments(2)
日付変わったので昨日の午前中となるが、現場仕事ありで外出を急いているところに友人より電話あり。先方の用件もそこそこに、ランチタイムに遅刻の可能性ありだったので「12時に店に行っててもらえると助かる」と頼むとOKで、もう友人諸氏には感謝の極みです。結果的に遅刻しなかったけど、綱渡りには違いない。しかし店って、当たり前だけど、お客さんゼロだろうが10だろうが20だろうがスタンバイしてなくちゃならないって厳しい。結局友達3人が来てくれただけだったのでお話も弾んで楽しかった。その後、3人のうちのひとり、腐れ縁の旧友と近所の喫茶店でお茶。自分ちの店でコーヒーいれようとしたのだが、厨房のガスのつけ方さえ分からないというていたらくで諦めた。家に戻って洗濯して出がけに携帯の留守電を聞いて青ざめる。そうだ、本職の方を忘れてた、というのは嘘っぽくて、まだいいだろうって無根拠な希望で自分に言い訳していた。それが通用しないと確認。これはもう自分の問題なんで、かといって夜の部に行かないわけにもゆかず、トボトボ出勤というか出店した。

歩きながら考える。店でヤケクソ・ポメロを広げる。そこに、ランチにも来てくれた友人が夫同伴でご来店。ありがとうございます。その後には家まで送ってくれる友人までご来店。本当にありがとうございます、と内心感謝しつつも仕事が気になるどころか、もう徹夜も覚悟である。よってお酒は微量に留める。幸いなことに、といってはいられない、売り上げ的には赤字だが、お客さんがなかったので早いうちに閉店することにした。風呂に入って目を覚まして奮起して、なんとか在宅仕事をした。明日、というか今日は友人に店番頼んで少々の遠出だ。コックさん、日本語できないので日本人とのコミュニケーション難しい。でもお客さんは日本人なので、日本人ならなんとか切りぬけてくれると思いたい。イザという時のためのタイ語-日本語メニュー対照表を作っておいてくれと夫には頼んでおいた。コックさんが一応それらしき紙片をくれて「日本語で書いておいて」と言うのだが、あまりの汚い夫のタイ語のなぐり書き判読に手間取った。
by kienlen | 2010-01-07 00:31 | 仕事関係 | Comments(0)
2日もあけてしまった。何をしているのか分からないうちに時間が過ぎる。もう師走も半ばではないか。びっくり。土曜日は上京で丸1日、日曜日はその分にできなかった仕事を持ち越してなんとか。今日も市内を出るが、現場で終わる仕事なので準備とか後始末をする必要がない。目に見えない準備や後始末が現場以上に比重が重たい仕事に比べると申し訳ないくらいさっぱり。こっちが生業だったら性格も生活スタイルも違ったことだろうと想像して楽しむことしかできないのが残念だ。現場でおしまいになる仕事だったら、仕事とそうじゃない時の区別がつけられるから家の掃除をもっとするんじゃないか、料理にもっと気持ちを注げるんじゃないか、あれこれ考える必要がないので子どもにも夫にも友人たちにも動植物にも優しくなれるんじゃないか…。まあ、叶わない夢を見るのは自由だから。

とはいえ、仕事は昨日でほぼ終了に近い。来年は余裕ありすぎでブログなんか欠かさず書くかもしれない。今年は何となく惰性で来た感じだった。仕事がないと思っていたら適度にあったのはありがたかった。来年はどうなるのかもう全く分からない。それはそれでスリルがあるなって思えるようになったのも年のせいかもしれない。ちょっとアンバランスなのは子どもにお金がかかるのがこれからだっていうことである。教育費のかからない国だったらもっと性格も生活スタイルも変わっていたことでしょう。出窓に花を植えていつもきれいかもしれない、ウサギはいつも満腹かもしれない、子どもにはいつも笑顔を向けているかもしれない、夫に罵声を浴びせたりはしないかもしれない。もうやめとこ。
by kienlen | 2009-12-14 09:32 | 仕事関係 | Comments(0)

たかが名刺ですが

名刺が1枚もなくなってしまった。「あー、名刺切らしてます」が通じるのは、偉い人であって、身元も仕事内容もはっきりしない個人が「切らしてます」で済ませるわけにもいかないことは分っているのだが、注文するのが面倒なのである。ここ10年くらいずっと、1度注文して気に入ったネットの名刺屋さんに注文していて、フォームの指示に沿って入力すればいいので方法自体は簡単。対応も迅速で多分もう10回くらい注文したと思う。毎回同じのを作っていればコストも下がるし注文も楽なのだが、そういうのが嫌いなタチであるのがまず問題。毎回違うデザインを注文する。でもそれには飽きっぽいという以外の理由があって、つまり肩書きをどうするか、で毎回悩むわけだ。うるさいのは何かにつけて好きではないので、シンプルにいきたい。そうやっていたこともある。しかし、こういう底辺の個人にとって名刺というのは大事な広報ツールであることは確か。やっぱ宣伝しなくちゃな、と思って対応可能品目を少し入れた。

すると「アンタ、これやるんだよな」と言って、近隣に位置していて微妙なところの仕事の打診が入ったりする。仕事は断わりたくないし、せっかくお問い合わせいただいた方に「それはできません」と言うのもしのびない。かといって大風呂敷広げて済むようなものではない。それじゃあ、と思って品目名を細かくした。一時は裏面にも入れていた。しかしなあ、うっとうしい。それで一時は3種類作った。仕事内容を入れないやつと本業と副業と。しかしこれはバカバカしかった。本業以外で名刺配るなんてことはないんだし。となると、仕事内容として何を入れ込むか、である。これを考えるのが面倒くさくて1枚もないところまで引っ張ってしまった。これ以上延ばせないので、多少張ったり目の内容も加えて発注。「何ですか、これ」と話のきっかけになるだけでもいいのである。誇大広告で告発されるわけじゃないし、何をしたところで責任は自分にかかってくるだけだ。週末だから迅速対応は期待しなかったが、あっという間に「本日発送します」の返事がきた。月曜日に間に合うかも。素晴らしい対応。こうして町の名刺屋さんに頼む機会はなくなっていく。
by kienlen | 2009-10-31 11:44 | 仕事関係 | Comments(0)
本を増やしたくない。折にふれて処分はしている。積んでおいて遊びに来た人に持って行ってもらったり資源ごみに出したり。雑誌は一部を除いてもちろん処分。それでも整理がつかず迷った挙句に本棚を1本注文してしまった。書庫があるといいけど、そんな身分でもなく、狭い場所に詰め込むしかない。隠してあちこちに分散。すると自分でもどこに何があるか分らなくなる。一切合切全部処分するわけにいかない事情もある。連休だし、ちょっと一段落していることもあるし、気分転換したいこともあって片付けたいと思っているところにちょうど本棚が届いた。運び込むのだけ息子に手伝ってもらい、後はひとりで組み立てて、踏み台使ってなんとか設置。広い場所なら何のことはないが、狭い場所だから、こういうことを始めるとまっすぐ歩くことができない。

画面で本を読むことのできるマシンが開発されてアメリカで売り出したとか聞いた。持ち歩きできてどういう姿勢でも読むことのできるのが本の利点なので、その機能があれば代替品でもいいわけだ。そのうちに本棚だって不要になるだろうと思うと、今になって増やすのもバカバカしいような気もする。とはいえ完全に紙媒体がなくなるとも思えない。デザインに凝ったり見て楽しいものになるんだろうか。ただのテキストだったら私も画面で読むと思う。モノが増えないのは助かる。まあ、しかしここはくつろぎの場じゃなくて仕事場だからしょうがない。やっぱりこれからも買ってしまうだろうな。片付けは明日まで持ち越すことになった。
by kienlen | 2009-09-20 22:17 | 仕事関係 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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