カテゴリ:PTA・学校( 45 )

台湾人の話

なんか違う、と感じることばかりで自分がおかしいのだろうと思っている人はたくさんいるに違いないと思って、自分もそのひとりなのだが、昨日、台湾人の友人と話していて本当にびっくりしたことがあった。彼女は夫とは別れていて、小学生の娘がひとりいる。夜の仕事やめて昼間の仕事にしたいけど、娘のためにそれができない、って言うので変な話だなと思って聞いていたら、つまり学校に行く用事が多すぎて、昼間のパートを始めたが続けられなかったというのである。授業参観がしょっちゅうあり、その他にも色々あるそうだ。行かなければいい、と私は言った。するとそこは小規模校で人数が少ないから行かない人が他にいないし、先生からは前日に来るようにと電話かかってくるし娘は他がみんな行くから来てくれと言う、ということ。授業参観も1日がかりだそうだ。聞いている方も頭が痛くなってきた。しかしまあ、まさかこれって大袈裟だろうと聞いていたが、尋常な困りようではないし大袈裟じゃないよと何度も繰り返す。

台湾の学校はこんなことないよ、と言うから、タイの学校だってないよ、そもそも親は働いているんだから行けるわけないでしょう、とふたりで言っていても埒があかないのだった。せめて親戚等があれば誰かに行ってもらう手はある。私もそれはやった。友人に行ってもらったこともあって、先生に聞かれたら「新しいママと答えて」と言っておいた。とはいえ、行かないことも多かった。はあ、とりあえずそういう小さい時代を乗り越えて良かったなと思いながら娘に、この話をすると「授業参観の日って特別なんだよ、ママは知らないけど」とちょっと責めるような口調なのだった。子どもも大変だったってことだろうか。子どもの頃から少しずつそういう思いをするのは大切なことなのだ。で、娘によると、ただ規模が大きかったので来ない人は何人かいるからなんとかなっていた、ということ。だいたいにおいて、出席表を作ったりしなければいいといつも思う。行きたくて行けるなら行く、ダメならしょうがない、その事をなぜ管理するのかが分からない。これは子どもへの愛情とかいう問題じゃないと思うのだが。しかし希望する親がいるのかもしれないし、どこがどうなっているのか不明。ただ、みんなで不自由になって連帯感を得たいんだろうかって気がとってもする。まあ、もう全く理解できないから、ここまで理解できないとどうしようもない。こうして病んでいく人も多いのだろうな、それで社会はもつのか。
by kienlen | 2012-11-25 09:28 | PTA・学校 | Comments(0)

先生の仕事とは

娘が、母に話がある、と周囲にもらしていたらしい。噂で伝わってきた。で、私にも直接「話があるんだけど」と電話で伝えてきた。友人は「進路の悩みじゃないか」と言う。その彼はちゃんとした教育者の親に育てられているからそういう発想になるんだろうけど、私は直感的に違うと思った。そういうことでわざわざ「話がある」とは言わないと思う。多分、担任の教師についてじゃないか。しかし、そんなことでわざわざ話というのは、もっとつまらんことのようにも思うが、何がつまらなくて何が楽しいかは人によって違うので、とにかく聞いてみることにして大雨の中を帰った。昨夜はバンコクの洪水を思い出すくらいな雨量だったな。いい革靴が水びたしだ。案の定「あの先生本当にやだ」から始まった。聞いてみると、確かに今回の場合は好きとか嫌いの好みの問題じゃないと思える内容だった。つまり、朝に二者面談があるので時間に間に合うように早く登校し、待っていたのに先生が来なかったという。予定が狂ったなら説明すればそれで済むし、何か言ってくるはずだと思って気にしていたのに結局何の説明もなかったという。

自分は時間を守ってずっと待っていたのだから非はない。説明するなら先方からすべきだ。そういうことができない先生がホームルームで偉そうなこと言っても信用できないどころか聞きたくもない。そういうことだった。私はまず、その面談が重要なものか尋ねた。重要なものであれば失うものを考えた場合に、理を通すよりも実を取るのも必要。「全然!」と娘。彼女にとっての重要さが事の重要さと一致するかどうかはともかくとして、一応私もその担任とは何度も会っているので、ここは娘の肩をもっちゃう。次は日程違いの可能性。「何度もスケジュール帳を確認した」という。次に先生が完全に忘れている可能性。「だって先生が自分で決めて命令したんだよ」と言う。確かに、それって先生の仕事だもんな。私なんかが仕事忘れてしらばっくれていたら収入はないし次もないが、公立の先生は定年まで収入も次もあるんだ。定年以降も色々あるかも。公民館の人権教育の講師とか。次があるから今を大事にしなくていいもんな。参るよな。娘は中学の担任をひじょうに尊敬しているのだが、その理由は、理不尽さを感じなかったからだそうだ。ちゃんと説明するから納得できる。そういう感覚は私も共有できる。

ただ、多分これから社会に出るとそういう人との出会いの方が少ない可能性もある。そもそも兄ちゃんがそうでしょ、パパもどっちかっていうとそうでしょ、自分もいい加減だから人のいい加減さも気にならない。自分に甘くて人にも甘いってやつね。そういう人となるべく関わらずに生きたいならそういう仕事に就くなり人間関係を持つように、そういう人とそこそこやるならそれはそれ、兄ちゃんは多分それでしょう、我慢して病気になるくらいならしないことだよ、自分はちゃんとやっていればね。まあ、しかしこの場合イバラの道を歩むんですね、はははははー、なのだった。半分酔っ払ってたし。とにかく翌日の先生の対応でもしや「昨日は忘れてごめん」ってことなら、再調整して面談するか、あるいは「もうやりたくない」ときっぱり言えばいい。選択基準は自分がしたい方で。全体的に、反抗のための反抗、迎合のための迎合に時間とエネルギーを使うことは私は無駄であると思っている。それより自分がしたいことに向かって努力する方が楽しいよ。些細なことを気にして大きなことを失わないで欲しい。と、そういう話をしたのだった。しかしなあ、型にはまっていて狭量で、オリジナリティのない説教はできるけど面白味も遊びも斬新さも創造性も冗談もなくて、しかも誠実でなくて几帳面でもないって、これって問題外というより害でしょう。害から影響を受けない訓練というのはサバイバルにとって必要だから、まあがんばってくれ。この日の昼間はごくまっとうな教師と話していたんだった。まっとうな人が多いと信じたい。
by kienlen | 2012-09-12 20:20 | PTA・学校 | Comments(0)

あんまりなアンケート

娘が「保護者用のアンケートがあった」と思い出して言った。「でも、あれママ答えられない内容だよ」と言う。さらに「ママに見せないで勝手に出しちゃうのもあるけど、これはそれもできない」と言うから「アンケートは見たいんだから見せてよ。勝手に提出しないでよ」と言った。答えるの無理だよ、と盛んに言う。一体どんなんだ。学校のアンケートはろくなのがないけど、それにしてもここまで言うんなら期待が大きくなってしまう。それから「この間なんか1時間もアンケート書かされた、授業より嫌だった」と言う。そんなことより、保護者用アンケートを見たい。食事中の娘をせっついて持ってこさせた。かなりためらいつつ渡す娘。そして、ギョッ。本当にすごいアンケートだった。学校、迷走中って感じ。

「学校の雰囲気が明るくて良い」「様々な工夫がなされ、満足できる授業が多い」「様々な場面において適切なアドバイスが職員から与えられている」等々は、保護者が学校に行っているわけでもないんだから知りませんよ、そんなの。学校の雰囲気が明るい=良いと短絡できるのか。様々な場面って、何ですか。悉く全部ってことですか。「規則など学校の決まりは理解できる」とは!意味不明。文言が理解できるってことなのか、決まりがあることを理解できるってことかな。決まりのない組織ってないだろうしなあ。「遅刻の撲滅など生徒指導について学校の指導は理解できる」って何!娘に「遅刻の撲滅やってんの」と聞くと「知らない」。「など」って言われてもなあ。どこに焦点を当てればいいんでしょう。「授業は進路に対応している」って言われても保護者は授業受けてないし。とにかく全部が全部答えようがないのばっかり。選択肢の最後に「なんとも言えない」という万能薬みたいなのがあったから全問それにした。こんなアンケートをやって、じゃあもっと学校の雰囲気を明るくせよということになってダンスかなんかさせたり、規則を保護者に暗記させたり、するんでしょうか。愕然。
by kienlen | 2011-09-25 00:46 | PTA・学校 | Comments(6)

義務教育おしまい

娘の中学の卒業式だった。学校の体育館の建設が遅れていて、会場は市民会館。この市民会館は耐震にも問題があるということで建て替えが事実上決まっているものだ。今の時期に耐震に問題があるとされる場所を、それを決定した市による市立中学の卒業式の会場にするというのだからすごい。はい、それは建築課の管轄ですから教育委員会は知りませんでしたとでも言い訳するつもりなんだろうか。私自身が保護者として学校に問題を提起しなかったのは、いくつかの理由があって、早急に危険とは思えなかったから。つまりどっちかというと、建て替えの理由に疑問を持っている方だから。ともかく式は無事に終わった。体育館での2時間にも及ぶ卒業式はパイプ椅子で疲れるし居眠りもできないし、間近では見たくないと感じるシーンも見えてしまうしで、自分にとってさほど心地よいものではないのだが、市民会館の儀式はひじょうに快適だった。

それなりに厳かな雰囲気が出るし、遠くから見るだけなのでアラは見えないし、遠いので写真は全体以外諦められるから落ち着いて見られるし、椅子が快適なので疲れたら居眠りもできるし、起立って言われて起立しなくても見えないし、よって規律を乱して周囲の迷惑になるということもない。そして実際のところ座ったままの方もいた。それはヒョウ柄のジャケットにお尻が半分見えそうなミニスカートに網タイツという、自分のドレスコードが古びたものに感じる出で立ちの女性だった。子どもと一緒に大人があれこれ指図されるのが違和感だなと思ったりする人にも最高の会場だった。とにかく疲労感が通常の学校の儀式の10分の1。実に快適。その後はクラス毎に会場を分散させて最後の学級会。クラス担任はものすごい人気のある先生で、娘も大泣き。帰宅しても泣いていた。息子の担任でもあったが息子は「あの先生を悪く言う人はいないけど、女子みたいに先生の影響受けないから」と言っていた。私も昔は女子だったが、そんなに影響される先生との出会いはなかった。確かに言っていることはまともであるし親からの信頼感も絶大である。この先生の異動先が友人の子の通う中学。「もしかして●ちゃんの担任になるかも」と娘に言うと「じゃあ、卒業式で泣くことになるよ」と言いながら泣いていた。
by kienlen | 2011-03-17 21:49 | PTA・学校 | Comments(0)
今週は出てばかりで家にいる時間があまりなかった。充実した仕事をしていたというわけではなくて、移動が多かった。高いガソリンを焚いてみるみるガソリンの減るエコじゃない車を運転しているとガソリンのために働いていることが分かる。そしてこれは国レベルでもそうかもしれない。石油のために、あるいは石油でなくするために、どっちも同じこととして。食事回数が昨日は1回だけだった。4回食べる日もあるからこういう日があってもいいのであるが、今朝、昨日の遅めの昼以来の食事を娘としていたら、娘が学校の話をした。「昨日生徒会があったんだよ」という始まり。内容はこういうことだ。生徒会では議事録が配布されてその通りに進むだけなのでわざわざ集まって会をする意味が分からない。特に自分らは3年なので不要ではないか。それなのに延々2時間もばかばかしい時間を過ごさなければならない。そこで私は「本でも読んでれば」と提案した。そんなことは誰だって考える。当然彼女も。しかし「先生が見張っているから、さすがに本は無理」。すると友人が「小さい問題集をやりたい」と言ってきたのでそうすることにした。その友人はちょうど真ん中当たりで先生から見えにくい。自分は前から二番目なのでちょっと危険。ところが一番前の席の子も「問題集やりたい」と言うので1冊貸してあげた。

結局問題にならずに時間は過ぎたそうだ。それも娘にはびっくり。見える位置だと思われるから。真ん中の友人はかなり勉強ができたそうだが。私はPTA役員になった時を思い出した。学年会長かなんかになった時に、会議の司会をするように言われた。そして一字一句、息継ぎというか、ここでしばらく時間を空ける、というような事まで書いたシナリオを渡された。これって司会進行じゃなくて、司会文朗読。ただ読み上げる空虚な会議という名の時間。学級会長で懇談会の司会役割という時も「緊張するでしょうけど」と言われたが、失敗したら次はないという仕事じゃあるまいし、何で緊張するのか意味不明。緊張する人がするのは自由だけど、学校にいるとこの「誰もが同じ感」が漂うのである。たまらない。だから行きたくない。ちゃんとしたオトナは、そういう文言をすべて挨拶と見なして聞き流すらしいが、私の場合は聞き流すような言葉を使うほど語彙も時間も有り余ってないのでこういうことになる。で、今日の娘の話を聞いていても思ったのだが、学校というのは、こうして形式を使い分ける訓練をする場でもあるんだろう。民主主義体制下の国民育成方法として、このあたりは改善の余地があるように思う。まあ、学校によって違いはあるから、私の経験が特別なのかもしれない。それももうじき終わる。結局中学は入学式と3者面談以外は行かずに過ごした。そういえばお便りも1度も読んでないな。通知表も見てなかったな。
by kienlen | 2011-03-05 10:34 | PTA・学校 | Comments(0)
今週は外に出ている時間が多かった。ほとんどだった。在宅ワークがなければ何の問題もないが、結局外に出ていると家仕事ができない。当たり前。そして自分の場合、こういう場合、少し空き時間があったからとサササと物事を片づけられるわけでもなく、つまり無駄な時間がひどく必要なんである。よって、今日のように半日もあいたのに、すぐ切り替えて次に取りかかれないのは困ったものだ。もっと困ったことに、困ったものだと思っているところに友人からランチの誘いがあり、タイ料理でゆっくりくつろいでしまった。たくさん食べた。ナムトック、パカナ炒め、スキ風スープ、モチ米に普通のご飯に。やはりタイ料理は最高だ、美味しかった。家に戻ったら夕方といっていい時間になっていた。ソファに寝転んで読みかけの本を読む。ぐったりしていたら娘が帰った。「今週は出歩いていて疲れたから寝てる」というと「ふーん、お疲れだね」と言われた。夕食を用意してから講演会に行こうと思っていたので娘にそう伝える。

天ぷら丼にすることにしてエビとシイタケと長芋を揚げ、甘くないかけ汁を作り、野菜たくさんの味噌汁を作り、生活クラブの美味しいオイキムチを小鉢で、毎度毎度の簡単夕食。そうしているうちに、今週は1度も娘と夕食を食べてないから、残念だが講演は止めようという気になった。一神教と多神教についてで興味深いテーマではあるが、ちょっと疲れてもいたし。こうして勉強の機会をどんどん失っている気分。娘が「先生達が研修会で図書館で講演を聴いていたから自習だった」と言う。「テーマが学力を向上させるには、だから、子どもが聴いた方がいいと思う。どんなこと話しているのか聴きたかった」と言う。そして「だって、講演聴いた後の授業が良くなっていたわけじゃないよ」と言う。「おかしいんだよ、他の学校からはこなくて○中の先生達だけの研修なんだよ」と不思議がっている。学力向上の話を聴くために生徒は自習。これも笑えるが、どうせ関係省庁が「学力が低下している」という問題設定をして「じゃあ、学力向上のために予算を出そう」ってことになって、いつのまにかこの時期になってしまって「じゃ、研修会なら手っ取り早い」ってことになって講師料は払えるしってことになって…なんてことは、まさかないでしょうけど。
by kienlen | 2011-02-04 19:44 | PTA・学校 | Comments(0)

悲しいアンケート

学校からアンケート調査が来た。学校評価アンケートだそうだ。学校の教育目標というのがあって、前年度までの成果と課題があって、今年度の重点目標がある。目標を作って、成果を上げているけどもっとがんばりたいと言って、だから今年は○○を重点にがんばります、と言う。これって何も言ってないのと同じに私には感じられる。そういうくだらん紙の次に、私には答えようのない設問が並んでいる。「設問によっては、お子様から聞いている範囲で結構です」という注意書きもある。小さなお子様から聞いている範囲で適当に答えたものが、保護者アンケートデータとして立派に歩くわけだ。あまりにバカバカしいのでご意見ご要望の欄に、答えようがない由を書いて提出用の封筒に入れてから愕然とした。しっかりお子様の姓名が書いてある。アンケート調査というのが、調べようと思えば個人を特定できるようになっているのが多いことは、知らなくない。しかし、ここまで露骨に書いているってどういう意図なんだろうか。

自分の名前が書いてあるのなら、自分の責任の下に書いて出すが、お子様宛みたいなのである。なんで親宛のアンケートにお子様のお名前をお書き下さるのか理解に苦しむ。怖くなって意見欄を消した。良かった、鉛筆で書いておいて。そして全部1番素晴らしいを意味する欄にチェックした。単にバカバカしいからだ。このデータもお1人歩きされるわけだ。そしてお子様のための教育のために有効活用されるわけだ。それにしても「本校では、自分のことを自分でなしとげる態度、ルールを守る態度を育てていると思いますか」に、どうやって答えるんですか!!自分のことを自分でなし遂げる態度って何かも不明なら、これがルールを守る態度とどう関連して、どうひとつの質問項目の中に納まることができるのかの理由が、バカな自分には本当に本当に分からない。「自分のことを自分でなし遂げるためにルールを守らない子」を分類する項目はない。こういう質問を日常的にされておかしくならないお子様が優秀なお子様として日本社会で活躍されているのでございましょうか。はあ・・・・・・・・・・言葉がありません。「本校は、お子さんの悩みやトラブルを見逃さず、相談事にも誠実に耳を傾けながら適切に対応していると思いますか」。「本校は聖徳太子のようですか、それとも徳川家康ですか、明智光秀でしょうか」くらいにしてくれた方が楽しいのですが。重点目標に「互いに学び合う教科会の充実」ってあって、教科会って業界用語みたいに思えるけど、私以外の保護者の皆さまは知っているんだ。「このアンケートは生徒数で実施します」ってどういう意味なんだろう。自分の日本語力超低い。泣ける。
by kienlen | 2010-11-04 22:47 | PTA・学校 | Comments(0)

役員決めの季節

娘が大量のプリントの中から「これと、これは要るかな」と言って私に2枚渡した。学校からの配布物。いずれも保護者宛に違いないが、彼女が勝手に必要と思われるものを判断しているわけだ。いいのかな、子供任せで、と思わなくもないが、まあいいのである。結局子供がこういう判断をせざるを得ない親の対応だったということだ。よって先生からのクラスの様子レポートみたいなものは手元に届かない。ただこの日は「これも見る?先生が書いたみたいだよ」と言って1枚見せてくれた。自分もあの頃はどうでどうした、みたいな内容だった。何でこれを見せるのかなと思ったら「先生が自分で書いたんだよ」と言う。自分で書かないで誰が書くんだ。この税収減の時代に公立中学の教師にプリント筆記用の秘書がつくわけないし。「で、いつもは違うの」と尋ねると「誰かの言葉」と言う。「ああ、有名人の言葉を引用して教訓にしたりするやつね、よくあるよ、そういう方法。それね、引用って呼ぶの」と親。先生用に「配布プリントに使える文言集」みたいなのが出ていてもちっとも不思議はないと思うが、子供はひねくれずに素直に大空に届くようにのびのび育って欲しいから黙っていた。

で、私にあてがわれた2枚のプリントの1枚は授業参観のお知らせ。いつもは娘の判断で途中でストップなのだが、今回は電話で出席するように確認があったので渡したということ。目的は「授業参観に来い」ではなくて「PTA役員決め」である。日程を見たら北海道にいるべき日である。「行けなかったら電話しておいてね」と娘が言うので電話した。「すみません、その日、こちらにいないので出られません」「もし役員になったら引き受けていただけますか」と、対面していたら下から上目使いに見るようなトーン。以前に一緒に役員をしたことのある方なので知っている。「引き受けなくてもいいんですか」と聞くとそれには答えない。だから「引き受けないわけにいかないと思うのでいいんですけど、私留守が多いのでそういう時に何かあっても対応できないということはあらかじめ申し上げておきます」と言うしかない。そういう事情は多分誰でも同じだろうし、それでもやる意義があるからやっているということだろうし、なんとか融通するしかないのではないか。「役員になったら引き受けてもらえるんですか」とまた同じことを言われるので同じ返事をするのも楽しくないので「引き受けられない場合はどうしたらいいんですか」と聞いてみた。「その場合は会議に出てもらってみんなに説明して全員が納得したらいいんです」。

例のアレだ。「私はどうのこうの」と引き受けられない事情を説明してなんとか避けようとするアレ。私も一応2人の子の役員をやってきたので知ってる。で、昔は「仕事があるから」が言い訳として採用されていたようだが今は通じるわけない。多分介護も通じていたのかもしれないが通じるわけない。外国人も通じていたかもしれないが通じるわけない。というわけで、何が通じるのか知りたい気もするが、そこまでの興味も失ってしまった。「ですから、私、その日こっちにいないので説明もできません」と言った。全く不思議である。子供のより良い成長、より良い学校生活を願って行うボランティアであれば、各人の都合のつく限りで協力しあえる体制にすべきではないだろうか。私はそういう組織であればこんな馬鹿げた抵抗をする気はない。楽しくやりたい。でも違うんだということをさんざん体験してしまったからにはしょうがない。結局「分かりました、私がなんとかします」で電話は切れた。何とかしますってどういう意味かを聞く余裕はなかった。どういうことだろう。きっと「あの人はちょっと変な人で、前に育成会の役員やった時もいろいろ問題あったんです。それにすごくお仕事がお忙しいみたいですから今回ははずした方が…」かもしれないな。
by kienlen | 2010-01-27 09:54 | PTA・学校 | Comments(3)
三者面談の日。出掛けに「4時に昇降口で」と娘が言うのでハイハイと答えた。中学校は新校舎建設のためプレハブで授業をしているので私は全く不案内なのである。それで迎えに出てくれるという。4時に行くと、マスクをしていてもムスっとした表情が分かる。「どうだった?」と聞くと「三者じゃないとダメだって」と言う。娘の後について教室に行った。テストの点数の推移を見せて「安定していると言えばいえますし、欲がないというか、これでいいって思っているみたいですね」みたいに言う。「家でも同じです。勉強する動機がないですからね」と私。途中で娘の顔を見るがムスっである。「今日は一日僕にまとわりついて、自分は出なくていいだろうと言い続けてました。自分にふっても絶対しゃべらないから、と言ってましたが、本当にしゃべらないですね。そういう動機は強いな」と先生。よって娘は終始無言だし、私も特にないし。でも10分くらいは時間をつぶさなくちゃいけない。

そこで「どうして三者面談なんですか」と聞いてみた。親子の関係性をみるのだという説は聞いたことがあるが、それってどうなのかな。分からなくもないが、見てどうするんだろうか。先生は「学校によって二者の所もありますよ」ということだった。でもその後に「…でも僕の経験だと三者でしたね」と言って、でも最後に「二者の方がいいという件は次は考慮します」ということだった。まあ、私の質問の答えにはなっていないが、一般的には、先生との会話の経験からすると、先生というのは(先生に限らず同じ業界に長いと。まあ、自分含めて)現在の習慣を改めて振り返って疑問を感じる必要性はないように見える。だいたいが、慣習を踏襲しているようだ。改めて、これは先生に限ったことじゃないから、どってことはないのだが。というわけで面談はすぐに終わった。今日は午前中に友だち2人が遊びに来て楽しく話し、ランチを別の友だちと4人でとり、面談の後はまた友だちがひとり訪ねてきてくれて、大勢の人に会った日だった。店に行ったらタイ人が大騒ぎでタイスキを食べていた。うるさいのが苦手なので途中で帰ってしまった。お客さんはなかったようだ。
by kienlen | 2009-12-08 23:10 | PTA・学校 | Comments(2)
娘の学校では生徒会長選挙の最中らしい。たまたま娘の仲の良い友達であり、テストをすれば100点か98点か、その上チョーカワイイって子が会長候補になってしまったのだそうだ。それで娘は「スタッフ」なのだそうだ。スタッフって何よ、と思ったら演説の原稿を手伝ったりなんかするらしい。そのため日曜日は当人とスタッフがストップウオッチ持参で図書館に行き、演説の練習をしたのだそうだ。「図書館で演説の練習ですか?」と聞いたら、さすがに室内でできないから、階段の踊り場にある休憩所でやったそうだ。そこはもともとうるさいから問題なかったそうだ。「演説の効果をみるために周囲の人に呼びかけてみればいいじゃない」と言ったのだが、そこまではしたのか、しないのか。で、その演説の本番のあった日に娘が「演説しながらね、机をバンってたたいたりする人もいるんだよ。その方がいいのかなあ」と少々考えていた。ウチの子達はどっちも父親に似て、深く考えることはしないから一瞬だけバンっと。つまりは、淡々と話すよりも情熱を表出させるパフォーマンスの方が訴える力があって、それにつられて投票する人が多いのだろうか、という疑問である。

こんな疑問に簡単に答えられるなら政治アドバイザーになって儲けてから代理で逮捕されて国策捜査を告発してやる、なんて燃える野心は娘には黙っていたが、面白い疑問なので応答した。どうも娘は相手の喜びそうな話題のみを話すんじゃないかという気がしてならない。その点息子は逆である。これが空気読む、読まない、という例のあれなんだろうか、よく分んないけど。私は「自分に合った方法が一番説得力あると思うよー」と言った。友達は机たたく派ではなく静かだそうだ。だったら演説の中身で勝負と思う反面、意外なことをすることで幅の広さをアピールできていいかもね、とも思う。娘の「学年投票は絶対通る。だってどういう人か知っているから」という予想通りになって、その友達は最終候補に残った。ところが全校投票は本人を知らない人達の投票なので演説で決ってしまうと、そういう理解である。それでいっそう演説の方法に目がいく。小規模ながらも選挙というものの本質を感じる経験かもしれない。
by kienlen | 2009-10-30 12:58 | PTA・学校 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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