カテゴリ:社会的話題( 85 )

グローバル人材

昨日、県政タウンミーティングというのを見に行った。知事が専門家と話すという趣向。こういうのをやっているのは知っていたけど初めて行ってみることにしたのは、ひとつには内向きな日々で世間からの脱落感がますます大きくなっているのと、テーマがグローバル人材育成についてだったから、最先端の話題がどんなものなのか知りたいと思って。会場にはスーツ姿の男の県職員がびっくりするくらい大勢詰めかけていた。きっと斬新な話が聞けるに違いないと期待は高まった。話の前提は、県は20年ほど前から国際化対応するようになり、ただかつてはグローバル人材というと一部のエリートのことだったが、今は内なるグローバル化で裾野を広げなくちゃいけないんだそうだ。単純労働に移民受け入れも視野に入れているんだそうだ。

で、どうやらグローバル人材育成ニヤリイイコール英語教育ということらしい。興にのって、長年英語勉強しているのに話せるようにならない日本の英語教育はどうのというステレオタイプの話しになり、日本社会の問題として均質を重んじるだとか、こちらも定着している安全な話題になり、恙なく安全圏に留まっているのだった。会場とのやり取りでは、地域に外国人も多様な人材も暮らしているんだから活用してはどうかみたいな提案もあったが、そこから地域の現状に深入りしたりはなくて危険は回避、巧みに安全圏に収まるのだった。こういう手腕ってすごいなと感心。これこそグローバル化によって失われてはいけない日本人のソフトな技術力かも。あ、横道にそれた。それで、グローバル人材育てて、そういう人材に地元にいてもらって地元活性化して欲しいそうだから、期待を担う次世代の人材はなかなか大変に違いない。勉強になりました。

by kienlen | 2016-01-20 23:35 | 社会的話題 | Comments(3)

家族の絆

夫婦別姓の議論が高まっていた19年前、何だったか地区のイベントで全然知らない男性から唐突に「夫婦別姓についてどう思うか」と声をかけられたことがある。「苗字を変えると銀行だの保険だの全部手続きが必要で、結婚でそれをやって離婚でまたやることになったら大変面倒なので、別姓を選べるようにした方がいい」と迷うことなく答えた。するとその男性は「結婚する時に離婚のことを考える人なんかいない!」とえらい勢いで怒ってその場を去った。何が何だか分からなかった。そしてひじょうに気分が悪かった。こちらは見ず知らずの方のいきなりの問いに対して、ごくまじめに率直に自分の考えを述べただけで、怒られるいわれはないはず。せめて「結婚でそういう面倒を経たら、二度とその手間をかけたくないから離婚もしたくなくなり、これすなわち家族の絆」とか、そのくらいのひねりを効かせてくれればいいのに。

今また選択性夫婦別姓について一部では話題になっているらしく今日のクローズアップ現代がそれだったので見てみた。賛成の理由は切実だったが、反対の理由はさっぱり分からなかった。反対の立場で登場した人は「親が離婚しているから」とのことで、その離婚の理由が別姓にあるのだったら分かるけど、姓に関してのメンションはなかったように思う。もし同姓であって離婚したんなら、主張と矛盾するんじゃないだろうか。現行を守りたい場合って変えたい場合より理由が弱くなるのはしょうがないとしても、家族の絆や一体感が崩れるとか、家族崩壊を助長するとかいうのはよく分からない。今起きていることって同姓という制度の中で起きているのであって、別姓を選べるようにしたからのことじゃないし。ちなみに外国人との結婚だと選択できて便利です。今日会った人は、相手の苗字を自分の苗字にくっつけていた。ウチの家族の絆が弱いとして、それを別姓のせいにしたところで誰にとっても何の益もないし、しないですけど。


by kienlen | 2015-12-07 21:10 | 社会的話題 | Comments(0)

突然、孫崎さんの講演へ

昨日、友人から電話があって出かけないか、みたいに言われたが在宅仕事しなくちゃなあ、ここは勇気を出して断わるのだ、と思っていたら「孫崎享の講演に行くよ」と言うのだった。遠方ではあるが、思わず行く行く、で、運転を買って出ることにした。転換早い。このところ本は読めないし出かけてもいないし、テレビも新聞もうんざりだし、ネットの情報を追っているのも時間がかかって嫌だしで、社会性が薄れている。孫崎さんは本でしか知らない。テレビは見たことない。聞きたい。テーマも知らずに急遽出かける。演題は「尖閣諸島を含む東アジアの安全保障」というものだったが、冒頭はTPPについて。ひじょうにもっともだと思って聞けたのは「最も重要なところをオミットしたまま事が進んでいる」ことへの危機感であること。結局今自分におきていることも、知りたいくない、なのである。とんでもないことが起こりそうで怖い、怖いけどどうしようもない、という。

分かりやすさを心がけているようでひじょうに簡潔に整理された内容をゆっくり子どもに伝えるように語った。TPPに関してのポイントはふたつ。その1は「守るべきは守ると言っているが、すでに交渉は有り得ない」というもの。加盟の条件は、これまでに決まったことに従う、であり、そしてこれまでにほとんどは決まっているから、今さら交渉の余地はほとんどない。その2は「国家主権が侵されることになる」。これを聞いた時はぎょっとした。というのは、農業がダメになる、皆保険制度がダメになるなどと、次元の違う問題と思うからだ。どういうことかと思ったら「企業が、期待する利益を得られない時、国家に賠償を請求できる」というのである。それで実際に起きている事例を3つほど挙げたが、書くのも恐ろしい内容。国家が市場に呑みこまれるというのはこれか。本棚に『市場対国家』という本があって、読みかけのままになっていて、もう随分古い本だしなあなどと思っていたが、いよいよ私ら庶民にもこの構図が直接影響するようになるとしたら、やはりものすごいことだ。

国家か市場かと迫られた場合、どっちを取りたいかとなると、やはりいくら暴力装置とはいっても国家の方がマシと思ってしまうほどにいい国に、私たちはいるわけだ。それに、グローバル企業が国家の規制がじゃまくさいから取っ払えというのは、まあ理屈からすれば分からなくないけど、すごく不思議なのは、政治家が進んで市場に国を差し出すって、いいんでしょうか、普通なら有り得なくないか。国を売り渡すというべき事態が、主権者にもよく分からないまま進められるって…。しかも表向きは政治家によって。じゃあ、何ができるかといっても選挙だけか。虚しい、と言っても始まらないから選挙は行くけど。なんかなあ、基盤整備はできた感があるもんな。カネカネカネの。あらゆるレベルにおいて。これは、孫崎さんは言ってなくて、単なるつぶやき。長くなってしまった。それで演題の話もまた、びっくりなのだった。挑発するようなトーンじゃなく科学的で極めてまともだと感じた。つまり、何を抑えておくべきかか、なのである。それはイコール、どうやって些末な方向へ導かれるのを防ぐかということなんだろうけど、些末な方が楽ってのが怖いよな。覆われている感強いけど。
by kienlen | 2013-07-11 09:22 | 社会的話題 | Comments(0)

また、こういう話

今年は仕事があると思っていなかったのに、ここまで何とかなってきた。ありがたい。しかし、重ならないで分散してくれるともっとありがたいのだが、こっちから要求できないしな。夫には「来年は仕事ないからよろしく」と言った。意味分かってないと思うが。今日はギリギリまで家仕事して出かけようと思っていたら友人から電話があった。「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」という出だし。身近に中国の女性と結婚しようとしている人がいるということで、ビザのこととか、基本的なことだった。聞いていると、ある種典型的なパターンだった。もっともこっちにしたら典型的でも、そういうことを知らない人にとっては何が何だか分からない。あくまで一般論ですが、と断わって、一般的な現状分析と予測をした。

いずれにしろ当事者でないのに、周囲が憶測に基づいていろいろ言うことを基本的にいいと思ってない、どっちかっていうとエンパワ派の自分としては、当人が何か具体的に相談したいこととかあったら、人とか機関を紹介するからいつでも言って、というのが最終的に言いたいこと。それともうひとつ、重要なこと。大人の選択は自分の責任の部分が大きいと思うが、子どもを持つなら責任を持って欲しいということ。こんなことをその友人に言ってもしょうがないのだが、それでも、少しそういう現状を垣間見ている者としては、それが一番心配でつい言ってしまう。諸々、日本社会ってすごいことになっているということを感じているだけに。それにしても、本当に、底が抜けている感はあるよな。ということで、時間が過ぎた。コーヒー淹れて、出かけるのだ。娘とコンサートの予定だったのは流れた。
by kienlen | 2011-11-05 11:31 | 社会的話題 | Comments(0)

洪水と感電

この間、娘がテレビのニュースを見ながら「トルコの地震って、震度いくつだったの?ニュースで分からない。それにあんなに被害があるのにニュースが少ない」と言った。「多分、日本人が犠牲になるともっと扱いは大きくなると思うよ。タイの洪水だって日本企業や日本人に影響あったからこんなに大きな扱い受けるんだと思うよ」と私は言った。今はもちろんネットで探っていくということは可能だろうけど、次々起こる事を次々調べきれないので、どうしたってマスメディアが手っ取り早いことになる。それでずっと感じていたのが、タイの洪水で300人を超える死者が出ているのに、その原因が耳に入ってこないこと。タイはほとんど平地なので、鉄砲水や土砂崩れの下敷きというのは、一部のリゾート地を除いて、今回の被害地区を見るとイメージしにくい。ネットで検索したら出るんだろうけど、そういう時間ない。で、ニュースでは同じような映像で同じような内容を流すばかり。それとスポーツ欄も気になってしょうがない。体操で日本人選手の成績を伝えても一位が誰か、どの国か分からなかったり。実に恐ろしく内向きな感じ。大づかみする部分とディティールを並存させてくれないと、位置関係が分からない。

ということを考えていたら、今、夫から電話があった。「親戚がふたり死んだ」と言う。ふたり同時って何か事故だろうか。「私が知っている人?」「多分知らない」「どうしたの?」と聞くと「感電」と言う。「若い人?」「30歳過ぎくらい」「えー、若いじゃない」「父も一緒に」だという。場所はバンコク。夫も親しく付き合っているような関係の人じゃないので、彼らについてよく知っているわけではないのだが、実家から連絡があり、今日葬式だったそうだ。感電と言えば、タイではよくある事故で、田んぼで魚を捕るのに通電して魚を殺していて自分も死んでしまうとか、電圧が高いので子供が感電死するというのはよく聞いた。それで私も子供が生まれた時はそれが心配でいたら、友人がコンセントに蓋をして感電を防ぐ道具をプレゼントしてくれた。で、今回の感電は洪水のためだった。浸水した家から息子が出ようとして玄関の鉄のドアに手をかけたら感電したので、助けようとした父親も一緒に亡くなったとのこと。痛ましい。こういう形の死亡がかなりあるとのことだった。重ね重ね、痛ましい。
洪水関係の死者は400人に達しているとか。
by kienlen | 2011-10-31 18:38 | 社会的話題 | Comments(0)
朝から日が照っていた。丸1日出かける用事がないという平日がここんところ少なく、今日は貴重な日になる予定だった。細かい仕事をしなくちゃな、と思っていた。そして案外はかどった。昼ご飯にするかと思っているところに友人から電話があったのでランチの誘いだったら日和って外出しようと思って取ると、講演会の誘いだった。会員制なのだが友人のおかげで付いていける。ありがたいことです。もうちょっと仕事をしたかったので昼ご飯食べるのを諦めて優先し、空腹のまま出た。こういうことはたまにある。社会人なら誰だってあるだろう。それを娘に言うと「ご飯食べないなんて考えられない」と言う。講師は東京市政調査会の新藤宗幸さんだった。つい最近まで千葉大の先生だった政治学者。覚えている限りでは読んだことも話を聴いたこともない先生だが、東京市政調査会の「都市問題」を結構長いこと定期購読していたし面白かったので、なんとなく期待感。テーマは地方分権と道州制と日本のかたち、というようなもので、震災の話が取りかかりだった。

ただでさえ、この政治状況には暗澹たる気分なのに、実にうなずける内容で、つまりはますます暗い気持ちになったわけだった。会場から「もっと明るい話はないのか」との質問が出たくらい。やっぱりなという話は、被災地と東京のお部屋で会議をしている面々とのどうしようもない乖離。これは別でも読んで愕然としていたことだが、小さな漁業組合でなく「漁業権を法人に」とか「漁業権の売買、市場化」を進める復興案が国会を通過するだろうということだった。塩をかぶった被災地は簡単に「農地」になって、家は高台へ。そこから漁場に通えばよろしい。現地の漁民の言葉「朝起きて海が見えない所に住んで漁ができるか」が紹介された。私は海を知らないが、多分その通りだろうと思う、普通に考えれば。物事は頭の中でシュミレーションできると思っている人っているんだろうな。土にも虫にも触れない人が都会には多そうだ。恐ろしいことだ。それで頭の中を超えたら想定外だったと言えば済むんなら楽なことである。一時盛んだった地方分権への方向性模索が震災を機に中央集権に回帰していることを指摘していたが、見聞きしている分には全くそんな感じ。それってあまりに巨大な裏切りじゃないだろうかと、はかなき有権者その1として強く感じる。「がんばれ」の寄せ書きより金を、という話ももっとも。あまりに当たり前過ぎる話を、なんでこんな暗い気持ちで聴かねばならないのか、問題はそれだな。
by kienlen | 2011-06-15 17:06 | 社会的話題 | Comments(0)

安田弁護士講演会

安田弁護士の講演会を友人達が主催するという連絡が入っていた。テーマは死刑制度と裁判員制度。昨日の土曜日がその当日。どうしようかと迷っていたところ、ぜひ参加を、というだめ押しメールが前日に入り、行くことにしたのは、講演そのものへの興味が半分で、あとは、あまりに参加者が少なかったら主催者も講演者もかわいそうだからという気持ちだった。娘も付いていくという。それで山の中のフキ取りを早々に切り上げて市街地へ。開演まで少し時間があって付近をブラブラしていたら知人に会う。「もしや…講演会ですか」と聞くと、やっぱり。向こうもそう思っていたに違いない。同じような顔ぶれで広がりがないのって悲しいですよね、という話をする。へたすると知った顔ばかりの数人がテーブルを囲んでいるという図を思い浮かべて会場に行ったところ、数十人はいるかなってくらいな盛況ぶりだった。人数的には少々安心。やはり想像していたような顔ぶれが数人。

裁判員制度には、こんなものがなんでできるんだろうと思っていたらアレアレという間に始まってしまっていた。話が出始めた頃、知り合いの弁護士が「まさか」みたいに言うので、そうだよなあと感じていたことは忘れられない。その後ものすごい宣伝で、私も変なキャラクター入りの使い道のないバッジやら何やらいくつももらった。国がすることは税金つぎ込んで一方的に広報すればいいのだから楽なもんである、と庶民その一の虚しさは募る。莫大なお金で広告代理店に丸投げしたことやその手法がどうだったかが庶民その一にとって目新しい情報ではないのに、そしてそういう庶民がどのくらいいるかも分からないままって、それも民主主義の一形態ということになるのか。と思う一方で、こっちはマジョリティじゃないんだろうなという無力感。講演の内容は普通にまともなものと感じた。質疑応答で批判が出れば面白かったのかしれないが、そういう意見は出ずじまい。というより、そういう人は来なかったということだろう。あっちはあっちに集い、そっちはそっちに集い、その間に橋も広場もないんじゃあなあ。
by kienlen | 2011-06-05 09:46 | 社会的話題 | Comments(0)

世論調査、世論作り

今朝の新聞に全国電話世論調査の結果という記事があった。設問内容が載っていたので何気なく読んでいて違和感を覚えた。周辺を見ると「消費増税6割弱賛成」という見出しがある。で、設問に戻ると「あなたは財政再建のため消費税を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか」である。直感的には、そしてこういう調査には直感で答えるしかないから、消費税上げれば財政再建できる、っていう気になる質問である。加えて、消費税上げるしかないんだな、って思っても不思議じゃない質問でもある。こういう質問って社会調査法のテストだったら合格しないでしょ、と思えるがどうなんだろうか。例えば一番短く加筆するとして、消費税の前に、せめて「手段として」を入れたらどうだろう。もっと入れられれば「累進課税ではなくあえて」とか「他の方法に優先させて」とか「貧乏人にも金持ちにも平等な徴税システムである」などという文言を入れたら印象は随分と変わる。まあ、これが社会調査的にいい設問とは思わないけど。とにかくちょっといじると答えが変わる可能性はある。あるいは「財政再建のため」を取ったらどうだろうか。これだって答えは違うかも、って気はする。

そこまでいかなくても答えの欄を見ると賛成が19.6%で反対が21.7%である。どこが多いかというと「どちらかというと賛成」である。こういう設問だと多くの場合「どちらかというと」にいくんである。だって断言するには難しいからぼかそうって思うのが心理。しかし断言している人は、反対という答えの方が賛成より多い。それでも見出しは消費税増税に支持があるようになっている。しかも記事の最後は「世論の後押しを背景に」である。はい、既成事実の一丁出来上がりって感じだ。いかにもってなデータを使うのはホントに怖い。一体どれくらいの読者が設問を検討して答えを検討して「だからこの調査はこの部分を差し引いて考えた方が良さそうだぞ」とか「これは誤解されそうな質問であるな」とか考えるだろうか。そんな暇人そんなにいない。技術革新のおかげで昔だったら大変な大量調査が簡単になっているから、即席で世論が出来上がる。めでたく消費税上げるのは賛成です、という世論の一丁上がり。もうこういうことって、やりたい放題ってレベルにあるような気がする。それで世論を誤解して選挙でこけたらそれはそれですごいだろうけど、もしかしてそれも狙いだったりして、なんて、暇人の勘ぐりすぎ。やめた。でも、何か、疑問。
by kienlen | 2010-06-10 21:51 | 社会的話題 | Comments(0)
5月も今日でおしまい。五月晴れという言葉が浮かぶような日。昨日は最低最悪の気分で我ながら嫌になっていた。週末はたいていそうだ。終わり、みたいな気分になる。もうずっとこのまま何も動かなくてあらゆるものがストップして生きてられない、みたいな。1週間のうち週末の2日がこうだと、人生におけるかなりの損失に思えてくる。ああ、情けない。そして日曜日はこのままのストップ状態がずっと続くんだと脅迫的に感じられるわけだが、よくしたもんで月曜日になると色々と用事が発生している。今朝は食品衛生協会というところからの電話で我に返った。娘を送り出した後、落ち込んでベッドにもぐりこんでいた。電話があって欲しいぞ、そうじゃないとこのまま出てこられないぞ、と電話に向かってのろいをかけたわけでもないのに、いいタイミング。

用件は店の保健所の許可の更新に関して。本日が締め切りである。夫に「絶対に締め切り厳守」と言ってあったり、実際のところ「これから手続きに行く」と先週のうちに対処していた…はず。ところが「まだ来てない」と連絡があったのが金曜日。慌てて夫に連絡すると「行った」。「念のため保健所に連絡してよ」と言うと「連絡したら『誰も電話してない』と言っていた」と言ったそうだ。不気味。いたずら電話するような内容でもないし。で、今朝の電話はその金曜日のと同じ声だった。内容も同じ。「手続きしてない」である。金曜日の一連の過程を説明した。夫が日本人であればこんなことは私の役目ではないのに、ブログのタイトルに忠実になってしまう。つまり、やっかいなんである。あまり要領を得ない説明をなんとか整理してみると、保健所と食品衛生協会は別団体である。施設のチェックは保健所の管轄である。更新手続きは食品衛生協会である。ということらしい。らしいというのは、私の理解力が著しく欠如しているか、先方の説明が著しく引けているかだ。

「ああ、交通安全協会みたいなもんですね」と私は言った。会員になれば免許の更新時期を知らせてくれるらしい。聞いているとそっくりである。しかも保健所内にあるんだし、言ってる内容がそうだもの。で、先方の答えは「そう言われても困ります」。「なんで困るんですか」って聞いている余裕がなかった。こっちは更新手続きが終わらなかったら死活問題なのである。あっちは何も問題ないのである。それにしても言いたいことはある。内輪の論理は先方の事情であって、当方は担当がどこかを一本化していただきたい。それで「まあ、行政は縦割りですからそれなりの内部事情で動いていることは分かりますが、こちらはそういう事情知らないですから、窓口をひとつにしていただくとか、少なくとも電話で確認した時にそれなりの対応するとかしていただけないんですか」と言うと、ま、予想通りの返答。「ウチは行政じゃありません」である。これってコミュニケーションだろうか。私はこんなことで声を荒立てたくないし、当方に非があるのならきちんと教えてくれるなり「問題はそっちですよ!」と言えばいいのである。問題が分かれば解決しますから。どうも日本社会弱くなっているなと思えてならない。こんな事務的なことはキチンと処理すればいいだけだ。しかしこれで外国人受け入れが笑える。話さなくても通じる人だけの極楽を作りたいんならどっか別の場所で頼みます、と言いたいです。おかげで目は覚めたが、寝起きは悪かった。
by kienlen | 2010-05-31 18:20 | 社会的話題 | Comments(0)

お役所仕事の本質

コックさんの件では友達が心配してくれている。ありがたいがどうしようもない…んだろうか。私も入管に直接行ってみたいが時間がない。今日は遠出だった。すると夫から「また入管に行った」という電話があった。自分で2日連続は気が引けたらしく、国際交流協会のタイ担当の通訳に依頼したそうだ。そこで、コックさんが新しい職場を探すためにハローワークに行けと言われたそうだ。ハローワークに申し込むと、90日の求職の猶予期間をくれるそうだ。この話はさすがに笑えた。これをお役所仕事って言うんだろうか。書類をあっちからこっちに動かすのが目的で実効性も内実も関係ない。人間なんてもちろん全く眼中にない。大切なのはひたすら書類。コックさんのビザはタイ料理の調理限定の技能ビザである。日本語は全くできない。そういう人をハローワークを通じて求人する店がこの地方都市にあったら顔でも手でも見てみたいものだ。それで夫に「じゃあ、ウチの店でハローワークに求人票だそう」と言ったのだが、冗談言っているような事態ではなく、あまり受けなかった。

こういう経験をしてみると、雇用の底が抜けてぼろぼろこぼれ落ちる社会の怖さをひしひしと感じるし、それがある程度までは施策による人為的な対処の結果であることを確信的に感じる。ハローワークみたいな所でできることには限界がある。それでもそこを通じることでお役所は安心する。書類を求める限りハローワークは繁盛するからお役人の仕事は減らないから失業しない。お役所内部の人のために外の人が仕事を得られないのも自殺するのもいいのである、内部が安泰なんだから。内部安定のために税金減ったら上げればいいらしいし。よくできた仕組みであると本当に感心する。このような対応を身近に例えてみるとビールの引換券渡されて絶対にブティックで交換してこい、みたいなもんだろう。酒屋やスーパーが目の前にあるのに行かれない。今回の件は外国人限定の問題とは感じられない。ギリギリのところで生活している人がどうやってギリギリの網を破られるかの問題である。書類上ではそんなことは起こらないことになっているに違いない。しかし日本は先進国であることをやめて途上国のサバイバル精神に学んだらいいんじゃないだろうか。雇用がないから小さな商いで食いつなぐ。それを阻止するというんなら雇用を充実させるなり、国民全員公務員って方法もあると思うが、楽で税金もかからないのは小商いを国の力でつぶさないことだと思うけど。はあ、バカバカしくてお話にならない、と言っている場合でないのだけが問題で、その他はお笑いだ。
by kienlen | 2010-04-22 22:04 | 社会的話題 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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