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「都市内分権審議会」の傍聴に行った。昨日に傍聴予約の電話をしたら、昨年何度も通っていたので名前は覚えられていた。傍聴なんて数人いれば多い方なのだから当然。当方としてはブラックリストに転じないことを願うのみ。それに昨年は、今年度からのスタートに向けて大急ぎの答申の必要があって何度も開催されたから、その都度予約電話をしないでいいように年間予約にしてもらっていた。今年もそうしてもらおうと思って受付で頼んだら「あ、でもあと1回しかないと思いますよ」ということ。なるほど。形式的ではあっても、審議会を傍聴しているとこの舞台で何がやり取りされたかは分かるし、それなりに裏事情も見え隠れするのだが、この形式的手続きもないのだったら、めでたく都市内分権は独立して一人歩きに踏み出すのだ。末端の一住民としては相当に怖いことだ。

何が怖いかに入る前に、こういう審議会の謎というのが多々ある。まず事務局が配布済み書類を説明≒配布済み資料の読み上げをして、審議に入るのが一般的な進行方法で、審議といっても委員から質問、事務局が答えるという単なる往復パターンが多くて、委員同士で活発で建設的な意見が飛び交う、という場面は、私はほとんど見たことがない。本日も絵に描いたような事務局説明。国語の授業的に言うと「はい、よく読めました、次、○○さん」という感じ。漢字が読めなくてつっかかるよりはマシとしておこう。問題はその次。今日も司会自らが「細かく説明をありがとう…」などと言っているし、委員も言っていた。皮肉っているようでもなくまじめそう。傍聴席から見ている私に発言権はないから、思うしかない。「この書類作るのは仕事なんだし、何人で何日間かけているか知らないけど、いいじゃない、タダ働きでもないんだし。何より、これ実行して末端住民=ワタシが困ろうがあなた方が責任取るわけじゃないし…、だから言いたい放題。それで何でお礼言われるわけえ!」。これは公務員の方々の激務を知らない末端住民の戯言であれば、別にいいのですが。でも、その激務から誕生して今年スタートしてしまった都市内分権は、どっから見ても問題だらけだと思います。
by kienlen | 2006-08-11 19:37 | 地域 | Comments(0)
タイトルのような標語がたくさん並んでいる紙が、育成会役員から配布された。一緒に画用紙もついてくる。毎年恒例の「防火・防犯ポスター」の作品募集で、対象は小中学生。我が家の子達は一度も応募したことがない。私が育成会役員だった時は、配布と回収が面倒だと思っては、こう思う自分は非住民だ、非国民だと思った。「町ぐるみ みんなの力で 犯罪防止」というのもある。このような標語を入れたポスターを描いてコンクールに応募せよ、ということ。主催は防犯協会と消防分団。子供向け注意事項として真っ先にあがっているのは「小中学生のみなさんが、自主的に制作してください」。で、保護者用には「お子さんからの応募が多数いただけますよう、保護者のお立場からの格別なご支援・ご協力をお願い申し上げます」とある。なるほど、保護者がさりげなく後押しして、子供が自主的に描いたことにするのだということは分かる。我が家のように「これ描くー?」「描かなーい」「あー、そう」は保護者のお立場、自主的な子、両面から失格であろう。

それにしてもこの標語の短絡性には目を見張る。こういうのを思考停止というのだ。挨拶がいき交う町に犯罪がないなら「挨拶のできる子だったのに、こんなことをするなんて…」という、よくあるニュースのコメントはどうなるのか。いずれにしろ挨拶がここまで主人公になってしまうのは驚異的。挨拶をいけないとは思わないが、挨拶って、あくまで形式であって、何も考えなくてもできるし、コミュニケーションへの入り口という意味を付さなければ、そんなに重要なものなのだろうか。逆に、コミュニケーションしたくないから、挨拶でごまかす方が楽だろう。ただ発声するだけの挨拶をするより、挨拶する元気のない人に「どうしました?」と声をかける方が、安全な町、健全な町にならないか。余計なお世話だと感じたら「大丈夫だから放っておいて下さい、ありがとう」とでも言えばいいのだ。地域の様子を見ていると、コミュニケーションをそぐ方向に導かれているように感じる。ポスター募集のお願い文面にも表れている。私はこっちの方が怖い。
by kienlen | 2006-07-21 21:06 | 地域 | Comments(0)
育成会の回覧板が回ってきた。今回は「夏休みラジオ体操のお知らせ」。6年生の児童宛には、ラジオ体操の当番についてのご注意がある。自分が6年生でなくて良かった、こんな地域に生まれていなくて良かった、こんな地域に生まれていたら地域活動恐怖症にかかって引きこもっていたかも…と安心していられない。娘は来年6年生ではないか。そのための予習を兼ねてこういうものを回すのか。引っ越しを考えたいが、それにしては引っ越したばかりである。こんなネガティブな気持ちになる理由は①大きな声で挨拶しましょう→小さな声ではなぜいけないのか。大声を出すのは嫌いだ、うるさい、朝の平穏を乱す。②体操が終わったら班員に腰を下ろしてもらい、班長か副班長は前にあるスタンプを取りに来て下さい→ここまで細かく指示するな。創造性が育たない。座ろうが座るまいが勝手でしょ。

その他いろいろあるが、書くのも恥ずかしい。それなのに、肝心の目的とか意義とかは書いてない。ないから書けないのか、書くまでもなく周知の事実を私だけが知らないのか。地域の配布物については誰もクオリティコントロールをしていないようだ。国際競争力は大丈夫だろうか。そういえばこういう項目もある。「体操をする(恥ずかしがらずに)」。こういう分野は詳しくないけど、ラジオ体操の歴史をたどっていくと、きっと、健康増進というだけでなく、団体行動への従順性涵養目的もあると思われる。その上、恥ずかしがらずに体操するってのは、行為そのものが恥ずかしいものであっても、恥ずかい系感性をそぐ訓練になるのかもしれない。なるほど、訓練が身についた人が社会の中枢にかなりいそう。あと、ご苦労な事に育成会役員の大人が何人もお世話にいく。指導の大人もいる。私も役員をやったが、神社で大人に見張られて決まりきったポーズを全員でとるシーンを見る勇気がなくて、夫に行ってもらった。そうして綿々と続いている朝のラジオ体操。早く化石になって欲しいものだ。
by kienlen | 2006-07-13 21:33 | 地域 | Comments(0)
「地区PTA集会」というのに出てきた。高校入試について、と、学校の近況などが予告された内容。何を話すのか好奇心のみで、後退する意欲を奮い立たせて行った。自分から好奇心を引いたら何も残らないから。行って良かった。やはり異文化接触は必要である。自分が同質文化の中でぬくぬくしていることが分かって、これではいけない、もっとやることがある、とエネルギーが湧いてきた。集まったのは、区長や公民館長や青少年健全育成委員等が「ご来賓」ということで。それから中学校から校長と生徒指導と進学指導担当者。こんなことで連日各地を巡回とはお疲れ様です。そして私共母親数人と父親1人。学校の説明は型どおりで特筆事項なし。その後の意見交換の場ではいろいろな意見が出た。

この市に来て間もないが、中学生が遊びまわっている。大金を持っている。学校側はゲーセン等を巡回してくれない。子供に禁止しても罰がないと平気なので罰を与えろ。学級懇談会で小遣いの額について話し合ってくれ。遊びに来る友達が高価な靴をはいている、ウチは2000円程度なのに。友達の家に泊まりに行くのをダメというと「その考えは古い」と言われて困るから学校で禁止してくれ、etc。ひえー!!小遣いがいくらだってその家の方針と経済状況でいいだろうし、どんな靴をはいたっていいじゃないか。学校での禁止事項を多くすれば抜け道探しも多くなるし、挙句は機能しなくなるのだ。学校の禁止を言い訳にすることで親子の直接コミュニケーションは鍛えられない。…と、私は思う。

こういう方は少数派だと思う。が、結局どういう声がどこにどういう形で届いて、どう対応されるかということである。こういう集会で出たことは一応検討するらしい。バカバカしくて出席しない人の声はないと同じ。出席してもあまりの異文化に沈黙しかない人の声もないのと同じ。仮にここが母親と教師だけの場であれば、あるいは私も発言したかも。「学校と家庭の役割を少し検討してみるのもいいのでは」と。でも、今日はなぜかご臨席のご来賓の方々が偉そうに今時のお母さん方のお話合いをご拝聴されていらしたので、そういう方々へのサービス精神を発揮する気分になれなかった。地域と学校と家庭の連携の呆れた一端は以上。
by kienlen | 2006-07-05 22:06 | 地域 | Comments(0)
以下引用。
都市内分権」とは、地区全体で取り組まなければならない新たな課題を迅速かつ効果的に解決していくためには、市民の皆さんが、既存の枠組みを超えた新たな組織として「住民自治協議会」を設置し、「自分たちの地域は自分たちでつくる」という意識で取り組み、その活動を行政が積極的に支援していく仕組みのことをいいます。
引用元は、市報に挟まっていた文書の表紙で太字部分は元は赤字強調。都市内分権を推進しますよ、という広報の一環らしいが、私はさっきからこの文章の意味を読み解こうとして、さっぱり分からず困っている。頭の中は以下のような具合だ。国語の先生だったら、たちまち理解できるのだろうか。

①都市内分権とは、その活動を行政が積極的に支援していく仕組み。ふーん?②その活動とは、市民の皆さんが新しい組織を設置して、自分達の地域は自分で作るという意識をもって??以下不明③市民の皆さんの活動目的は、地区の新たな課題を迅速かつ効果的に解決していくため????以下不明。④結論。意味不明。一応中程度の読解力をもつ市民と思われる私が市の広報を理解できないのは、インテリ層に向けているのか。だったらこんなに大量印刷するのは経費の無駄だろう。それとも中程度の読解力との私の自覚が間違いか。しかし…、こんな文章を公にせず、ブログ程度に抑えておいてもらえないものだろうか。だったら罪もないから。頭がおかしくなりそうです。本当は都市内分権そのものに疑問を挟みたいのだが、そこまで行き着けない。ああ、つまりそこに踏み込ませないのが作戦か。巧妙というか、なんというか。私がリライトしてあげたい。「都市内分権とは、行政に頼り切っている地域の皆さんの意識を改革して、当局に都合のいい程度に自立して働いていただくことを制度化したいのですが、行政から命令できないので、市民の皆さん、そのへんはなんとかご理解いただきたい、ということを裏側から制度化する仕組みです」。
by kienlen | 2006-07-05 17:35 | 地域 | Comments(0)
日付は変わったが、自分としては火曜日の続き。火曜日の夜は、夫がやっている店の店番を私が担当する日だ。決めるまでに時間はかかるが、一旦決めたからにはそれを通したいので、自分の仕事の状況によっては休みたい日も必ず火曜日は店に行く。今日(=昨日)は朝から遠出をして夕方戻ったが、帰宅までしている時間はないので、市役所の駐車場に車を止めて、店に直行することにした。ついでに市役所のトイレを使って出てきたところで、見覚えのある男性と出くわした。「お久しぶりです!」と、どちらともなく挨拶。いやはや、10年ぶりくらい。「日本に居るんですか?」と聞かれたので「もう10年もいますよ」と答える。「へえ、○君、何も言ってなかったから、タイかと思いました」。○君とは、私の弟であり、出くわした男性は、彼の同級生。すっかり寂れた中心市街地で小さな書店を営んでいる。以前は、例えばタイ語の辞書とか、高価で書店に置いてないようなものは、どうせ注文するなら知り合いでと思って、たまに注文していたが、今はすっかりアマゾン頼りだ。

老舗の書店も閉店しているくらいだし、「大変でしょ」と聞くと、「そうですが、大きくしようと思わずお得意さんとやっていればなんとか」ということ。今日も市役所への配達の途中。1人息子の彼が、亡くなった父親の後を継ぎ、かなり高齢になった母親と共に営業を続けている。40代も後半に差し掛かっているが、相変わらず独身とのこと。「最近はネット注文が多くて」と言うと「分かりますよ、速いから」と言われた。テナントが軒並み撤退したビルでがんばっている。夫の小さな店も、大量仕入れでコスト削減して広告で席捲するフランテャイズの食べ物屋と同じ手法ではやっていけないが、お得意さんに支えられているのは同じ。それにしても、たまたま図書券が手に入ると「使い道ないからやるぞ」というくらいの、全く読書と無縁の弟が、なぜ書店に行くのか。「お子さんの本を買いに」だそうだ。ほんの小さな支え合いがなくならない限り、なんとかなると信じたい。
by kienlen | 2006-06-28 01:28 | 地域 | Comments(0)
県の国際チーム(少し前までは国際課だった)というところからメールが来た。「第1回多文化共生ネットワーク検討会」の開催通知を送ったが、出席の返事がきてないので再送するから至急返事をくれ、という内容。通知は確かにもらっているし、忘れていたわけではないが、出席したい、という魅力は会議の内容から何も感じないし、かといって、あれもこれもつまらん、と出かけないとますます引きこもって世の中の動きが分からなくなるから、向学のために出てみるか、という気持ちで決めるのが面倒なまま放置していた。締め切りが過ぎればそれまでと思っていたが、催促がきたところをみると、多分他の人も私と似たような気持ちで保留にしていると思われる。少なくともこれまでの会議に出席したことがあって、こういう会議に何かの実りを期待する人がいたとしたら、大変な創造力の持ち主だろうと思われるから、参加希望者が、いわゆる民間からゼロでも、私は驚かない。その場合も、行政関係者は各方面から参加するので会議成立の数合わせには困らないはずだ。

私はこの手の会議に何度も出たことがある。日本語教室のボランティアとか、学校に外国人支援で入っている人とか、国際交流活動の人とか、要するに日ごろ外国籍県民(本県ではこれが正式名称)と接している人で、活動歴の長い人が多い。それから当の外国籍県民達。で、どういうことが起こっているか、というと以下のようなことである。行政担当者は次々に変わるからいつも初心者並の方々。それに反して民間参加者は年々活動歴が長くなっているからベテラン。現場で起こっていることをどっちが知っているかは説明するまでもない。人々が現状について発言する→フムフムとうなづく+初歩的な質問の担当者→これはもしや、行政官の研修会か?→だったら私達は講師代をもらうべきでは?→この時間って、あの人達には仕事時間で私達はタダで知識と経験提供→ああ、これが流行の官民協働、パートナーシップというやつか、でも意味を取り違えていない?→なんか…アホラシイ。なんてひねくれた見方はしたくないが、素直に多文化共生を目指してがんばりましょう、って気分にならない。そもそも「県」の役割が何かってことにも関係するのだが、結構保守的と思っている自分でも、こういう場面を何度か経験すると、ぶっ壊れてしまえ、と過激な思想に走りそうになる。でも、今回気を取り直して参加してみることにする。
by kienlen | 2006-06-09 17:05 | 地域 | Comments(0)
あいさつ運動の出動については①無断で休んで、もしも何らかのリアクションがあったら面白いから事実上強制の根拠を聞く→今までの経験から推測すると可能性は限りなくゼロ。そんなに大切な活動であればサボった人に自信をもって文句を言えばいいのに言われたためしがない。とはいえ、影の声は知らないが。②このブログに記録するためだけに出動してみる→気絶はしないと思われるので勇気がいるが、試す価値があるかどうかは一考の余地あり。③出動できませんと、青少年育成担当者にあらかじめ伝える→この方が面白い反応があるかもしれないが、末端の自分にとっての直属の上司が誰か不明。幹部発信だろうが、育成会経由なので、担当者は伝達役割のみだろうから徒労か。以上、3つの選択肢が考えられる。しばらくの猶予があるから検討することにして、ここにあるもう1枚のピンクの紙について記録することにする。

「脱いだ靴をそろえよう!」がタイトル。「この運動が、子供たちの豊な心を育てます」がサブタイトル。「地区住民の皆さんへ」としての説明の要旨は以下、と言いたいが論理性なく理解不能なので、自分がゴーストライターになったと仮定してみる。脱いだ靴を揃えると非行も性的被害もなくなり、家庭は健全、地区の諸活動もなごやかになる…。毎年この紙が全戸配布されるので説明を求めたいと思うが連絡先がない。バンコク在住時に仕事の関係でラオスに何度も行った。ラオス語は分からないが街中にプロパガンダ(らしき)看板があって、稲穂を抱えた家族らしき人々が微笑む図柄から「一致団結明るい家庭」なのかと想像して、多分こういう国には住めないと思ったものだが、現在の日本の某地区で展開しているのは、ラオスでの想像ではなくて日本語で理解できる全体主義だ。ロボットのように脱いだ靴を揃えて、毎日オートマチックテラーマシンのようにあいさつする人を育成することが「青少年がたくましく未来に向かって前進できるように努力する(文面より抜粋)」ことなのか。靴を揃えるのも挨拶も、もちろん気持ちがいい。でも、それと非行が結びつくという短絡的な発想を流布させることで思考停止をうながして良しとするのは、もっと罪ではないだろうか。
by kienlen | 2006-05-25 01:22 | 地域 | Comments(0)
仕事をしなければならない時間帯。やる気はあった。でも萎えた。外出先から帰った暗がりで郵便受け内のものをつかんで家に入れたら、その中に「あいさつ運動出動日割り表」が入っていた。息子の名前のところをグリーンのマーカーで強調してあって、見ないフリを決め込むには目立ちすぎる。「青少年育成」とやらの一環で、数人の当番が「あいさつ運動」のタスキをかけて指定の場所でたちんぼうをするのである。人が通りかかると「おはようございます」と元気に明るく声をかける。育成会役員なるものになった時に経験して、ショックで倒れたくなった。よく映画などにショックで気を失うシーンがあるが、あれが日常的にできる技を身につけられたら地域やPTA役員で何と便利なことだろう。その時は偶然学校が休みの日で誰も通らなかったので、この声かけはしなくて済んだのが不幸中の幸い。さらに雨降りだったのと、育成会役員のストレスで(自分ではそう信じている)体調を崩して入院して退院直後だったので、それを言い訳に早めに切り上げた。そして誓った。「こんなこと絶対したくない」。それまでもこういう奇行を他の人がやっているのを見たことはあって、奇妙な趣味の人がいるものだと思っていたが、自分がやるハメになるとは。子供をもつということはこういうことであると言いふらしたら、少子化はもっと進むかもしれない。

今年は役員ではないのに回ってきたのは、人が少ないからか、あるいは、今年の中学の育成会役員の打診があった時に「過去に体調を崩した経験があり精神科の医師からも引き受けるのを止められてる。それでも役員になった場合は自己防衛的にふるまうことをご承知おき願いたい」由の文書をA4用紙にたっぷり書いて送っておいたので、もしかしたら嫌がらせなのだろうか。昔なら村八分の仕置きの逆バージョンか。その、一昨年の役員の時の、あいさつ運動会議ではこういう悩みがでた。「役員が大勢で立っていると子供達がそこを避けて通っていく」と。誰も笑わず真剣そうな表情。朝のあいさつを強制させることへの使命感で、公民館の大広間が熱気を帯びている。このまま撮影隊が入ってくれたら脚本なしにお笑い番組ができると思った。そんな中、1人の母親が質問した。「朝7時から20分間という時間帯は下の子の世話もあって母親には一番忙しい時間帯なので、できればご年配の方の時間帯と交代していただけませんか」と。こういう会議にしては筋の通った意見だと思っていたらその後がスゴイことになった。言葉遣いまでは覚えていないが、要するに「今の母親はなってない」論が地区役員の幹部クラスから噴出。何を言われたか覚えていないのは根拠のない戯言だったからだ。それでも幹部は強い。こうして母親は追い詰められていく。とうとう地区に恨みを抱くようになり、地区活動の炊き出しおでんに毒を入れたり…しませんけどね。
by kienlen | 2006-05-24 22:22 | 地域 | Comments(0)
「あなたにもできるまちづくり」という副題のついたイベントに行った。主催者から電話で勧誘されていて、あまり引きこもっているのもいけないな、娑婆の空気も感じないと、と思って予約していたもの。昨日は一歩も外に出ず、今日もこれがなかったら同じだったろうことを思うと、1時間ほど散歩したという点で意義はあった。でも、参加した後になんだかイラついて友人に電話して、帰りがけにビールを飲んでしまったのでチャラどころか消費エネルギーより過剰摂取かも。別にダイエットしているわけじゃないからいいけど。

まちづくり、をテーマに活動するグループはいくつかある。今日のは、その中の1つの発表を聞いて話そうという趣旨。楽しく気軽に集まってまちづくりについて話したりイベントをする、という団体だったので、楽しいのはおおいに結構ご自由に、という以外の感想はなかったが、面白いなと思ったのは、堅苦しくなくユルク、というのが盛んに強調されていたこと。あと、仲間と一緒で心地よいと。関係者は30代が中心らしいが、すでにそんなに堅苦しい場面に直面しまくってきたのだとしたら、なんだかスゴイなと思った。その上で懲りてユルクだとすれば。どういう仲間を作るのも自由だからそれについて何も思わないけど、ただ、まちづくり、となると行政と結びつきやすいのが少々気になるところ。協働が常識になっているので、その名の下に市民も対等な立場で参画というのが建前だ。ユルクて心地よい仲間達が、もしも必要な時があれば、臨機応変に仲間内、また行政との対立も恐れずに専門知識と行動力と公共性意識を動員して、公的活動の一翼を担うなら、これは素晴らしいことだと希望を感じたイベントだった。
by kienlen | 2006-05-21 23:02 | 地域 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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