カテゴリ:タイ人・外国人( 157 )

希望を感じたこと

タイから日本に来た数日後に中学校に入学し、今年3年になったタイ人の男の子に久しぶりに会った。入学当時、掃除の仕方だとか授業だとか全く分からないのを通訳で少し関わったことがあった。すっかり日本語も上手になり、進学する高校も自分で決めていて、それに向かって頑張りたいと意欲的だった。たまたまこの中学には日本語指導を専門とする先生がいたのも良かったのか、丁寧な日本語をちゃんと使えて清々しかった。個人差や家庭環境、また学校の受け入れ態勢による違いは当然あるが、見ている限り、小学校で国を変えるのは弊害が大きいように感じてならない。母語が未熟なうちよりもキチンと思考できるようになってから移動した方がいいように感じる。かといって中学高校という難しい時期で、学校も受験中心に動いていて、家庭が崩壊していると、かわいそうな事態になるのも見ているので、判断は難しいところではあるが。

中学で来ると高校受験で外国人枠というのが使えるのも有利になる。国語の代わりに作文になったりという配慮がある。それで作文の指導を中心にすることになった。今日はその打ち合わせ。自分の意志がある子と話すのは楽だ。数学は得意だしスポーツも美術も得意だし、タイの小学校では一番勉強ができたという自信もあって、大学も考えている。しかし取り出しで日本語を学んできたおかげで国語と社会は全く授業を受けてない。これはこれで厳しいものがある。機械が好きなので工業を狙っているのだが、彼の通っていたボランティアの日本語教室で知り合った中国人の男の子が商業高校に進んでいるので「自分が工業、彼が商業を勉強して会社を興したい」というのには、こんな時代になっていくんだなと頼もしかった。「タイにも中国にも日系企業は多いし、すごい面白そう。中国語とタイ語と日本語ができるし、いいよね」と言うと「英語も」と言われた。今日はお花見に行くと言うから「誰と?」と聞くと「タイ人の皆さんと」との答え。当方の乱れた日本語を見直さないと。
by kienlen | 2010-04-19 16:05 | タイ人・外国人 | Comments(0)

入管の待合所の光景

コックさんのビザの件で短期間に3回入管に足を運んだことになる。毎回驚くのは、いつも人がいるということである。こんな地方都市の入管出張所にこれだけ毎日外国人がいるということは、大きな都市だったらどういうことになっているんだろうか。日本社会が根底から変質しているに違いないと確信する場所でもある。この間だって10人くらいいただろうか。おかげで結構待たされた。入管の待合の雰囲気というのは銀行とか他の役所と何か違うのである。たらっとした感じだし、雑誌なんかも置いてないからぼーっと待っている。2歳児くらいの子が隅の子どもコーナーでキャアキャアと楽しく遊んでいる。見守っているのは白人の女性で、夫らしい日本人らしい男性が窓口で話している。「あー、お子さんの顔見せて」と職員に言われて子どもコーナーを示す。カウンターから体を乗り出す職員。キャアキャアという声を聞いて、姿は見えないがいいと思ったのかどうか「はいはい、いいですよ」となる。そういうやり取りの隣の窓口では、日本語は堪能だがどうも日本人に見えない若い男性が、隣に妻らしき女性を置いて話しまくっている。女性は一言も発しないから日本語がいまひとつなのかもしれない。3人目の子どもがどうのこうのと言っている。日本人の人口が減っているから、外国人人口の割合はこうして高まっていく。

職員はものすごく淡々としている。それはある意味公平なことである。近頃の役所は変に笑顔の職員も見かける中で、何かほっとする感じがある。いろいろな人が来るんだから公平さをもって接するのは大切なことではないかと思える。やっと順番が回ってきた。やっぱり淡々と接してもらった。私にとっては好ましい接し方。あんまり顔も上げないし、視線もそらしているみたいだった。だいぶ下火になったマスクをいつもかけている職員もいるのは、もしやあまり顔を見られたくないからだろうか。窓口の職員の責任がどこまでかは知らないが、滞在できるかどうかという大きな岐路に立たされた人の場合だと、何かさじ加減が欲しくなっても不思議でないかもしれない。となるとやっぱり淡々がいいのである。コックさんがビザを拒否されたらウチもひじょうに困るが、子どもも連れてきて日本語学校に通っているコックさん自身はもっと困るだろう。なんとか取れるといいんだけどと思いつつ、私も淡々と指示に従って手続きするしかないんだけど。
by kienlen | 2010-03-07 16:11 | タイ人・外国人 | Comments(0)

書類関係雑務片付け

ぐちぐち言っている場合ではない、気合いを入れないともう限界である、という気分にやっとなった。気分転換できる程度に机を片付けて少々すっきり。やるぞ!何を?やるべきことを。本題に入る前に、入管とか役所とか銀行とかの雑用のひきずっていたのを一気に片付ける。入管は追加書類を出してもう結果待ちのみ。ダメだったら店はどうするんだろう、というような不安は持たないに限る。どうにもならないから。その時はその時だ。それと息子のアパートの保証人を父親で契約していたのが面倒なことになっている。息子によると契約の時も面倒だったそうだが、外国人にするのと母親にするのとどっちが面倒かは、多分母親にする方が面倒だったということだろうか。とにかくその契約に印鑑証明というのが必要なのである。これは大人になると使う機会が多いし、私も確か車購入の時に登録してあった。しかし夫はそういう存在さえ知らない。タイも欧米風にサインなので印鑑なんぞ使わない。かといって日本だと何でも印鑑なので「ハンコ」という言葉は日本語のままタイ人の会話の中によく出てくるし、印鑑そのものはみんな持って使っている。夫もそう。ただ印鑑登録というのが分からない。

契約書は夫の名前で作ってあって実印欄がある。こっちを変更してもらうのは多分難しい。となると印鑑登録に行く方が手っ取り早い。平日の昼間は夫があまり出られない。そこで自分で勝手に登録しちゃおうと思って行ったところ、代理人だと当人の依頼書が必要だったり、それを提出した上で郵送で送られてくるのを待ったりと手間のかかること。せっかく気合いが入ったのにがっくりしてしまう。当事者が来ればその場でできるというから当事者に電話して来てもらった。楽しい事だったら先延ばししてもいいけど、こういう面倒なだけで何の楽しみもない事は思い立った時に終わらせたい。外国人の場合はこういうことも外国人窓口で行う。よって他より空いている。職員も丁寧。外登証見せて本人確認後「もう本人いなくてもいいですか」と聞くと「印鑑をお返しする時はいて下さい」と言われて渋々待っている。男権の強い国から来た人と結婚した友人によると「戸籍筆頭者」に女である妻がなるのかけしからんとごねられたそうだ。そういうのもストレスだと言っていた。タイ人にもそういう人がいるのかどうか知らないが、概してこだわりはないように感じる。各種書類の形式にまず母の欄が来て父が次というのもタイでは普通。日本だと父母という順番を普通に感じてしまうが。とりあえずやることはやった。この程度の用事が気合い入れるようなことなのか。なんてエネルギーのない自分なんだろうか。いや本題はこれからだ。
by kienlen | 2010-03-04 16:29 | タイ人・外国人 | Comments(2)

技能ビザの更新なるか

昨日は入管へ行った。考えてみるとすぐ近くに入管があって手続きができるということは時代の変化だ。私が家族と共に帰国しようと決めて、夫と、当時日本国籍のなかった息子のビザの件で日本側の書類を頼もうとした時は、親なりに東京まで行ってもらわないとならないということもあって諦めた。午後の遅めの時間に行ったのに数人の人がいた。私の用事はコックさんのビザの更新。当人が行けばいいことなのだが、調理という仕事柄、日本語の必要性がなくほとんどまったくできないため付き添いが必要になる。これまでは日本人の配偶者の人だったのでこういうやっかいなことはしなくて済んでいた。以前にビザを取って呼び寄せた人は早々に行方をくらましてしまったから更新はしたことがない。一応、指示された書類は揃えたつもりだったが、簡単に受理とはならなかった。ひとつには、今回が初めてだから。「初めての時は、どういう店かということが分かりませんからね。他に外国人社員を雇っていればいいんだけど・・・」と言われる。「以前にタイから呼び寄せた時はたくさん書類を提出しているはずですけど・・・、もっともその人すぐにいなくなっちゃって、その件はこちらにお手紙で報告してます」「何年前?」「3年くらいですかね・・・」「それじゃあ、ちょっとだめだな・・・」なんてやり取りがあった。

結局、店の外観内観の写真をできるだけたくさん。保健所の許可証、メニュー、経営者の所得証明なんかを追加提出することになった。まあ、特に難しいものはないが。コックさんは「大丈夫でしょうか」とたいへん心配している。そりゃあ、彼女にしたらビザが取れないと日本にいられないんだから当然。もちろんこっちも困るが、決定権はあちら。パンフレットも提出のこと、と言われていたけど作ってない。そこで名刺を印刷して持参した。法人になってないのはかなり不利なようであった。思いついて「新聞とか雑誌に載ったものがいくつかありますけど」と言うと「そういうの持ってきて」と言われる。このコックさんは仕事が目的で来ているので職務遂行という点ではきちんとしている。ぜひ長くいていただきたい。息子を呼び寄せて日本語学校で学ばせている。家族滞在ビザなので母のビザ次第ということになる。入管に行く間「これが裁判所、これが検察庁」と付近のビルを説明していたら「弟が裁判官なんです」と言う。「若者の」というから日本では「家庭裁判所」ということだろうか。「きょうだいは何人?」と聞いたら「9人」だった。これだけいたら各種職業が並ぶんだろう、いいなあ。しかしこの世代から次がすごい急速な少子化になっている。つい最近もタイと日本を行き来している友人から「お金さえあればタイで老後を過ごすのは何とかなると思っていたけど、少子化で人手がないからそれどころじゃないわよ~」と言っていた。その兆候は私が住んでいた頃からあった。バンコクのやり手の女性は結婚したがらなかったもんな。
by kienlen | 2010-03-03 09:01 | タイ人・外国人 | Comments(0)

誕生パーティーに遭遇

2日あいた。仕事はなんとなく一段落で追い詰められた感からの解放感はあり。さて次を考えないとな、夫の店のコックさんのビザ更新手続きしないとな、なんて考えながら仕事先から出たところに夫から「どこにいる?」という連絡があった。「店のすぐ近く」「車?」「歩き」「子供にやる総菜があるから取りにくれば」と言うので「それはありがたい!」と大喜びで店に行ったのが夕方だった。「はい、これ」と渡された袋に妻の分はもちろんなし。「奥さんの分はなしね」と言うと、そんな人いたのかって顔だった。店はパーティー準備で賑わっていた。そういえばひとりのタイ人女性の誕生日なのだった。「いくつよ」と聞くと「47歳だ。でもこの服は25歳だああ」と言って、確かにかわいらしい服を見せながら、まさにガハハハと笑っている。「その声のうるささがないとカッコいいのにねえ。しゃべらない方がいいよ」と言うと「みんなに言われるのだ、ガハハハ」だった。相変わらず明るい。こういう状況でビールを勧められて拒否できるのは運転しなきゃならない時だけ。昨日は違った。それで一緒に飲んだ。

夫に「もう、息子と毎日いるとうんざり、あのだらしなさ。あなたはいないからいいですね」と言うと「目をつぶっていればいい」と言われた。そうか、タオルで目隠しして接するという手があったのか、最後の手段はこれだ、と決める。すると誕生日の本人が「子供がダメなのは親がダメだからねえええ。私の親はすごく厳しくて、あれこれと躾されたよ」と言う。「やっぱりねえ、アタシダメ、躾ができない」と私は言ったのだが、ふと、躾けられてもこれかと思って「なんだ、親がちゃんとしていてもアナタですか」と言うと「そうよおお、だから子供は子供の道を行くのおおおお。私なんか誰の言うことも聞かないねえええ」とますますガハハ状態になった。それから日本人の男性に電話して「来るのか、来ないのかはっきりしろ、タクシーで来い、来ないなら来るな」と命令。「全くはっきりしないなあ」と言うので「日本人ってはっきりしない人多くない?」と私もガハハ状況に引きずられてしまう。というわけで明るい時間を過ごしていたら娘から「もう一度学校に行くのに食べ物ない」と電話。「すぐ持って帰るから」と伝えて、しばらく飲んでから戻った。また行きたいなあと思っているところに友人から電話があったので再度店へ。タイ人達はすごい騒ぎだった。日本人はもちろんだが、どっから探してきたのかフランス人まで加わってパーティーをしていた。
by kienlen | 2010-02-20 09:59 | タイ人・外国人 | Comments(0)

朝一番の電話はワシントンから

ワシントン在住のタイ人の友人から久々に電話があった。豪雪のため交通機関がストップして企業も学校もみんな休みということだった。こっちも雪が降り続いている。どのくらい積もっているか聞いたがフィートで答えられて分からなかった。センチに直してくれと言ってみたのだが、日本語堪能な友人も電話になると覚束ないことが多く、自分で調べりゃいいことだから通じないのは諦めた。彼女は2度ウチに遊びに来ている。ワシントンに来い、来いといつも言ってくれる。「仕事が忙しい、ストレスで頭が痛い、土日は家で休まないと月曜からの仕事に差支える、同僚がリタイヤしたのに予算がなくて人員を補充しないから私が全部ひとりでやっている」と、本当に忙しそうだった。彼女は銀行員である。「皆さんお元気ですか」と聞かれて「まあね」「まだフリーランスでやってるの?」「まあ、田舎だし、仕事はそんなにないけどぼつぼつね」「田舎はのんきねえ」「私は田舎好きだから」「私も好きよー、田舎」という感じで雑談。「忙しくていいな、羨ましいな」なんて言っている場合じゃないんだろうか。忙しいってどの程度なんだろうか。いくら忙しいといっても独身だと子どもの世話があるわけじゃないし、それに何より土日は休めるんだから、5日間忙しいだけではないか、なんて思ったりもする。有給休暇を取れないのでたまる一方だそうだ。そういうものがあってたまっていくということ自体がウチのような下層にはあり得ないことである。

その有給で日本に来たり、タイに帰省したり、昨年はヨーロッパに行ったそうだ。タイ人がバンコクの日系企業でキャリアを積んでアメリカに渡ってワシントンの銀行員としてキャリアアップしペンタゴンをのぞむ一等地に自分でマンションを購入して暮らしている。不況下で失業することもなく忙しい日々。これは立派なサクセスストーリーに入るんじゃないだろうか。彼女と一緒にアメリカに渡ったミャンマー人の元スッチーはどうしてるんだろうか。そういえば尋ねる機会もないままになっている。「いつワシントンに来るの?」「今年は行ってみたいと思っているけど、どうかなあ」「4月がいいよ、あ、5月もいいね。8月もいいよ、オーガストね、それと10月もきれいねえ」だそうだ。聞いてる方が忙しい気分になってきた。でもアメリカに1度も行ったことがないというのも何だから、行ってみようかな。こんなことがなければ行きたいと思うこともない所であるし。それに彼女も何度も繰り返していたように「歳だからねえ」であるし。
by kienlen | 2010-02-06 11:43 | タイ人・外国人 | Comments(0)

しばらく用なしだった入管の用事

諸々の用事のために開けておいた日。そのひとつが入管に行ってコックさんのビザの更新について尋ねること。これは店の経営者である夫がやるべきことなのだが、過去に苦い経験があって放置しておくと笑い事で済ませられないので私がやることにした。とにかくどういう書類が必要かを知ることからなので入管に行ったわけだ。ところが入管がなくなっていた。駐車場に車はいっぱいあるのに。どっかに引っ越したのか、通りがかりの人を呼び止めて聞いて初めて隣のビルに移動していることを知った。夫が永住ビザになってから行く機会がないので知らなかった。以前の狭くて人があふれそうな部屋よりも格段に広くはなっていたが、他の部署に比べて職員が少なく見える。外国人の方々は長椅子に10人以上も待っている。最近は役所も病院も脱官僚的というか過剰にというか的外れともいえるサービル業めいているように感じているが、ここは昔懐かしい役所の空気だった。職員は皆うつむいている、つまり必死で仕事している模様。声かけて上を向かせるのも申し訳ない雰囲気だが、ずっとうつむいていそうだったので端の人に声かけた。「ご相談があるんですが」と言うと「そこで待ってて下さい」と言うだけ。待っていたがうつむき方に変化見られず、番号をもらわないとダメなんかなと思って番号発給機の所に行って「これ取るんですか」と近くの職員に聞いた。

どういう用件か聞かれたのでザッと内容を伝えたらやはり「そこで待ってて下さい」である。どうなっちゃうのかなと思っていたら、間もなく奥から職員が出てきて別コーナーへ案内された。なるほど、奥の方に職員が大量にいるのかも…なんてあり得ないか。必要書類を尋ねるだけなので短時間で用事はおしまい。これでやっと物事を進められる。それにしても、殺風景である。なんでかなと思ったら、多分、各種説明がないせいじゃないだろうか。普通窓口には担当する事案が書いてあるし担当者の名前まであったりするし、机上には何か説明書があったり壁にもスローガンやら標語やらがある。それが相当に少ない。おかげで人身売買は犯罪です、みたいなポスターに見入ってしまったくらいだ。行政用のあたりさわりのないポスター作るのってつまらんだろうなあとか、余計なことを考えるほど殺風景。あるいは、引っ越したばかりで馴染んでないのかもしれない。夫に電話して「入管引っ越したんだよ」と言うと「そんなのずっと前だ」と言われたし、周囲のタイ人にも「入管の場所知らないなんて」と笑われた。私だって好き好んで関わっているわけじゃないのであるが、とにかくビザの件を片付けないことには安心していられない。このコックさんは子供まで連れて来てしまっているので当方の責任も重大になっている。
by kienlen | 2010-01-21 16:31 | タイ人・外国人 | Comments(0)

数年ぶりのブラジル人とちょっと雑談

見たことあるなあ、しかしよく思い出せない、ということはたまにある。そういう時に思い切って声をかけるかどうかだが、昨日は声かけてみた。先方も「どこかで会ってますよね」と言う。私の方は彼女がどういう人で何をしているかは知る限りは覚えているのだが、数年ぶりなので、その人と目の前にいる人が同一人物かどうかの確信がなかっただけなので、ちょっと糸口が見つかればあとはスルスルとなる。声かけやすかったのは相手がブラジル人だからというのもあった。外国人は気軽である。日本人って面倒くさいなという気が常々している。その面倒くささが、同国人同士ならたいてい感じる類なのか、日本人に何か特有のものなのかは分からない。彼女は確か人材派遣の会社をやっていたはずだ。聞くと「主人が亡くなったので人に譲りました」ということだった。娘さんがいたはずだ。「ブラジルに帰りました」と言う。その娘さんという人はブラジル人同士のカップルで確かウチと似たような年の子がいたはず。「小学校卒業まで日本にいて、ブラジルに行った。ブラジルは4-4制だから日本と違うね」みたいな話をする。ブラジルに帰国したというのはちょっとびっくりだった。日本語完璧だし、容姿も日本人と同じ。私なんか、日本人だと思っていたんだから。

長年日本にいて帰国してどうだろうと聞いたら「楽よね、ブラジルは。日本っていろいろ細かいでしょ。どっちがいい悪いじゃないけど」と言う。この感じはよく分かる気がする。かといってブラジルの生活が楽なわけじゃない。お母さんには日本に残ってもらって仕事の足がかりを維持していてもらう。そして様子を見てまた日本に来る。そういう計画である。これはもうリスク分散の常識。「だんなさんは病気だったんですか」と聞くと「移植受けにブラジルまで連れて行ったのに10日しか生きなかった」と言う。日本はドナーが少ないから移植の順番待ちが長い。ブラジルだとドナーはたくさんいるそうだ。「日本って自分の体は親からもらったものでご先祖さまに続いているという考えがあるけど、ブラジルは死んだ体に意味ないから生きている人のために役立たせるって考え」と言う。ふ~ん。免許証取得の時にどの部位を寄付希望かを書くそうだ。もちろん拒否も可。いずれにしろ自己決定する。とにかく日本とブラジルでは何もかも反対なのだそうだ。その点は、アジアという文化的共通点を感じないわけではないタイなんかともまた全然異なると思われる。「だからか、ブラジルの人って日本人との結婚少ないでしょ」と私が言うと「それが、親が『外国人』との結婚を嫌がるの。自分達も外国人のくせにね~」で、なんだか笑えた。しかしまあ、日本人からすると外国人は楽なんじゃないだろうか。だってここまで細かい人々の集団ってそんなにないと思うんで、楽に考えれば楽になれるのである。楽なのを難しく考えてもっと細かくなると…大変になると思うが。
by kienlen | 2009-11-28 10:52 | タイ人・外国人 | Comments(2)

映画の時間待ちの間に

今日はどうしようかな、と朝に考えた。マイケル・ジャクソンの映画の終了が迫っている。このところ映画に行ってないし、見てみるか。時間をチェックすると夕方と夜遅くしかない。この夕方の時間だと、午前の用事1件終えた後に夫の店でお昼を食べて、編み物しながら料理の撮影隊を待ち、それが終わったらまた編み物して映画の時間を待つとちょうどいい、ということになる。予定通りに進んでお昼に行くと、予想外にタイ人がいてビールを勧められた。カウンターに座っているだけで次々と注ぎに来てくれるのだから快適なんてもんじゃない。編み物しながらテレビを見ながら飲んでいたらテレビのコメントのあまりの奇妙さに友人に電話してしまった。何の番組、バラエティっていうんだろうか。見慣れないものを見ると、もう世の中に全然ついていけてない感が深まるばかりである。で、その友達が店に来てしばしお話をする。世の中全然分からない、というお話。編み物ははかどる。

映画の時間までずっと編んで飲んでをしていた。時間になったのですぐ近くの映画館に行ったら、なんと「満席」の看板が出ている。この地方都市の映画館でもこういうことはあるのだ。しかも自分が見る映画と満席が重なるなんてあったためしがない。夜の分をお買い求め下さいということだったので買った。満席になるなんて見る価値あるのかな、と思う心理が一人前に働いて期待が高まってしまう。そんなわけで店で長時間過ごしたわけだが、途中で若い日本人男性が配達に来た。夫はどこかに出ていた。タイ人女性達が「マスターどこ?」とそのお兄ちゃんに聞く。もちろん日本語。だが外来語の発音はタイ人と日本人でビミョーに違う。「ぼ、僕、配達に来ただけで何も分かりません」とたじたじのお兄ちゃん。タイ人はタイ人で、何でそんな答えになるのか分からず同じことを言う。同じことを答えるお兄ちゃん。配達のタイの野菜を見て「これ安いね、まだある?」とタイ人。「ぼ、僕、配達だけだから何も分かりません」とまたお兄ちゃん。「何も分かってないね」とタイ人同士がタイ語に切り替えて笑っている。「私達の日本語分からないのかな」とも言っている。いやいや、そんなことないけどね、お兄ちゃん、通じないって思い込んでるだけ、と内心思いながら、やり取りを面白く見ていた。
by kienlen | 2009-11-25 19:29 | タイ人・外国人 | Comments(0)

好天の日の友達とのランチ

ちょっと一段落なので気分を変えるために映画でも見に行こうかと思っていた。めぼしいのがないので古いのの時間をチェックしておいた。ところが友人からランチの打診があり、用足しも兼ねて3人でイタリアンレストランの1050円のランチを食べておしゃべりした。2人共私よりは若いが2人とか3人の子どもがいる一人前の大人であるし、私的にも仕事面でもお付き合いがあり、ひとりは英国在住経験もあるし外国人の友達も多いしで、つまりまあ共通の話題がたくさんありすぎで話しきれない。本日は国際交流団体のこととか、関連の行政のこととか、学校とかPTAとか、新しいビジネスのアイデアとかいろいろ。柔軟な思考の方々と話していると楽しいが、これが日本の常識と思ったら大間違い、みたいなところもある。私はその点が曖昧というか、どっちかというと区別がつかない人間らしいことは人様からの絶えないご忠告で、やっと理解しかけているところ。あとの2人は常識もあるし柔軟だし、というなかなかの理想型である。

身近な外国人と日本人の摩擦の話になった時に「それって外国人とか日本人って問題じゃないよね」と、良識ある人々は気付くのだが、本日もそうだった。例えば「日本のしがらみにうんざりして◎◎国に住み始めたが、生活が長くなるにつれてこっちにもしがらみがあることが分かった」なんてのは、どこの国だからしがらみがアル、ナイの話しじゃなくて、生活する場にはそういうものがまとわりつくということである。ただ、外国なら多分しがらみフリーの生活ももしかして可能かもね…という程度の可能性はあるかもしれないけど。しかし日本人の団体とか組織って独特の人間関係があるように思うって話になった。今現在組織に属してない私は聞く側。それで思ったのだが、日本においては「我慢する」とか「がんばる」が美徳という価値感が、時には問題につながっているんじゃないだろうか。楽するのが美徳であれば仕事がないのにあるフリする必要ないし、暇なのに忙しいフリする必要ないし、そうすると暇な人を非難しないし、ちょいといい加減な人も非難できない。どれもそこそこにしておいて、ここぞって時は我慢する、がんばるけど、そこまでする必要のない時には力抜いていれば寛容の精神が醸成されるように思う。社会全体が細々している感じが、聞いているとした。国際競争力という点ではひじょうに覚束ない、と思うのは大げさかな。組織内の複雑怪奇な人間関係については、話しの仲間入りができずに残念だった。
by kienlen | 2009-10-14 16:18 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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