カテゴリ:タイ人・外国人( 157 )

娘が帰るなり「お腹すいた」と言う。ココアが飲みたいというから作ってやる。夕食はイカを煮ようと思っていた。なぜか夫が持ってきたのが冷蔵庫に入っている。あとは味噌汁とほうれんそうのおひたしと、長いもの千切りと、娘の大好きなネギの味噌炒め。イカを取り出してびっくりした。イカだと思っていたのはカエルだった。どうりで、見慣れない包装だと思った。ちょうどイカくらいの大きさに手足を伸ばしているカエルが2匹だ。皮を剥いて処理してあるから体の色は似ているが、さすがに足の形が全然違うのでパックを開ける前に気付いた。ということで予定していた主菜がなくなってしまった。しかし、こういうものをわざわざ買ってくるあたりは、よほど好きなんである。夏は自分で捕まえるので皮がついたままのが置いてあったりする。

つい先日は、夫の店で何か注文しようと思ったら隣にいたタイ人が「ゲーン・ノック食べる?」と言う。聞いたことのない料理名だ。鳥のスープという意味らしいことは分かるが、聞き慣れないので、そのまんまの料理というよりは何かの愛称かと思って、好奇心から「食べる」と言うとスズメの足みたいなか細い足が入っていた。なんだ、スズメか、日本で撃ったものか、と思ったら違って、輸入品を食材店から買ってきて作ったそうだ。北部の料理だそうだ。夫は夫で大の虫好きなので、コオロギやバッタや蚕のサナギやイナゴをたくさん並べていて、カウンターに座った人に勧めている。この間、私の友人の前に持って行って「どうぞ」と言うから「この人は虫嫌いだから勧めないで」と言うとぼけっとしていた。つまり自分が虫好きだし、周辺のタイ人も好きな人が多いので、人は皆虫好きと大きな勘違いをしているようだ。一体、何年日本に住んでいるのだ。今日のカエルについては「イカと間違えた。とっとと持って行ってくれ」と電話しておいた。しかし彼にしたらカエルの料理くらい何でできないんだ、ということになるんだろうが。
by kienlen | 2011-01-19 18:53 | タイ人・外国人 | Comments(0)

折り返し地点

店番の折り返し地点に差しかかり。昼間は自由なのに今ひとつ本職への気力がわかずにダラダラしていたけど、さすがにお正月気分も去り、平常心に戻った感がある。今朝はそんな感じで起床することができた。今日は在宅仕事もする。やはり周囲が動き出さないことにはこっちも、というのがあるが、昨日から外仕事が生じたり定期の用事が戻ってきた。飲み過ぎ続きの毎晩で、まあ自分で店をやったら1か月が限界だろうと自覚。居酒屋は無理だ。昨夜はタイ人が作って持参してくれた6年物の薬酒と、日本人の友人の土産の薬酒を少しずつ味見する程度にしたら快眠できた。2週間休むという予定を翻したのは正解だった。誰も来なくてもとりあえず開けていることに意義があると思って開けているわけだが、結構友達が来てくれてゆっくり話すことができるし、そこに偶然居合わせた人同士で話が弾んだりでいい具合だ。コックさんもやる気をもって臨んでくれている。あちこち彷徨って結局戻ってきてくれるといいのだけど。

この間は威勢のいい女性が入ってきた。3人くらいいたタイ人とは顔見知りのようで親し気に話しているが、言葉は日本語。かなり上手ではあるが日本人とは違う。どの言語もそうだろうけど、非ネイティブ同士だと片言で通じるものなのだ。タイ人のお母さんと日本生まれの子の会話なんか聞いていると、子どもが涙ぐましいくらいに母親に合わせた助詞抜き日本語にしている場合がある。日本語上達のためにいいようには思わないけど、家族間のコミュニケーションのありようというのは多彩でいいと思うこの頃。で、その女性が携帯で話しているのを聞いていたら中国語みたいだった。結局台湾人だった。呼び出しに応じて来たのは日本語のできない台湾人男性。「台湾マッサージとかあるのは全部嘘。この人のところは本物の台湾マッサージ」というマッサージの先生だった。タイ人とだったら話せるのに、台湾人と話せない自分が悲しい、と思っていたところにタイ人の若い女性が入ってきて、台湾語で話が弾んでいる。台湾人ママの元で働いていたから、程度のものではないことは分かる。理由を聞いたら「台湾で働いていたことがある」そうで、今もきょうだいみんな台湾暮らし。朝まで飲んでいそうな勢いだったのを、それじゃあ自分の本分を越えてしまうので閉店。あとは夫が戻ってきてからにしてもらう。つなぎの役目を果たすのみ。
by kienlen | 2011-01-08 09:12 | タイ人・外国人 | Comments(0)

甘くみていた家庭科

スキップ2日間。仕事が一段落といっても結果待ち状態だし、細々したのを早く片付けたら考えていることを色々実行しなくちゃいけないと思っても落ち着いて次に行けない窪地の一休み的状況。ただ暇になっているので来日間もないタイの中学生との接触を増やすことはできた。それで家庭科の授業に同伴して、隣に付いて説明というのをやってみた。家庭科は他の教科に比べたら専門用語だって少ないし気楽にいこう、なんて考えは浅はかだった。その日は初回の授業だったので小学校で習ってきたことの復習が中心。「小学校で味噌汁作りましたね」なんて先生が言って下さるのだが、タイの小学校で味噌汁作るわけないし…。「味噌汁って知っている?」「知らない」と説明というか、話している間に先生はどんどん先に行くので聖徳太子でもない私はついていけない。栄養素の名前も、そっか日本語で覚えなくてはいけないのか。タイだったら英語からそのまんまなので楽なのだが。そしてとにかく学校の授業というのは、当たり前といえばそうだが読み書きが中心である。

配布資料は読める、が前提である。何書いてあるか説明している間にどんどん進む。ついていけない。自分もすっかりついていけない生徒になった気分。自己紹介を書く欄への記入時間が3分くらい与えられる。こういうことは日本人の子は慣れているんだろうな。全体的に内省的な印象を受ける。タイの学校がどうなのか私には分からないが、少なくとも与えられた課題をすぐには思い付かないようだ。そこでこそこそとヒントを与えてタイ語で言ってもらったのをごく超簡単な日本語にして、口頭で伝えながら、かろうじてできる平仮名で書かせる。スラスラいかないのですぐに時間になる。そして小学校で習ったことの復習のテストみたいな穴埋め問題。そして家でしている事というテーマの選択問題。「ゴミの分別」もあったけど、タイは分別してないよな、確か。いちいち説明を要する間にどんどん進む。「包丁を使える」という項目もある。伝えると「怖い」と言う。確かにあのタイのどデカイ包丁は怖いかも、なんて思うとまたいけない。時間がない。しかも「タイ料理だったら包丁使えなくてもできるから包丁使わないことイコール料理しないではないよな」なんて、質問されてもいない余計なことが浮かんできてしまう。ダメな支援者である。勉強ができないというのを自他共に認めている当人は平然である。分からないことが身に付いている方が異文化適応力があるかも、なんて逆説的に思ったりもする。
by kienlen | 2010-10-23 09:54 | タイ人・外国人 | Comments(2)

日曜日の楽しい集まり

しばらく追い詰められていた週末だったのに比べるとリラックス気分な週末だった。土曜日は娘を連れて秋空の下をドライブした。用事がてらだったが、目的の山キノコを直売所で購入は果たした。うどんを作ってキノコ汁で食べた。美味しかった。松茸が豊作とのことでどこの直売所にもあって「クセのあるのはどれか」と聞くと松茸を勧められる。ゼロをひとつ取ってくれれば買いますが。昨日は、友人から連絡を受けて会合に参加した。楽しみにしていたもの。日本人男性と結婚して定住している外国人の女性達の交流の場を作ろうということで14年前に発足した会の久々の集まりだ。当時まだ日本語も覚束ない、右も左も分からない状態だった人達が、聞けば在住20年とか18年とか12年とか。1番短くて7年。この期間というのは、ちょうど私が日本に戻ってからとほぼ等しい。私も興味があったので折に触れて参加していたことから昨日のお誘いがかかったというわけだったが、この7年間は休止状態だったのだった。7年間毎週のように何かしらの会合やイベントを行ううちに出産だ就職だと、いわば自立していく人が増え、一応の役目を果たしたという区切りをつけていた。だから同窓会みたいなもんだった。

中国の人が多く、あとは香港とロシアとブラジル出身者。中国の人達はどっからみても日本人と区別がつかない。日本語検定1級合格者もいる。合格できないブラジルやロシアの人は「漢字があるからうらやましい」と言っているが、やはり見て理解できるとできないでは大きな違いだろうと思う。中国とロシアというのはすぐお近くなんである。ロシア人がやけに多いと感じるのは地理的な近さを考えると当たり前のことなのに、直感的に違和感を覚えるのは冷戦下を生きてきた世代だからだろうな。参加できなかった人達の消息についてもいろいろ。母国に戻った人もいる。ロシア人とブラジル人のカップルは仕事を探して東京へ。「仕事はあっても家賃が高いからこっちにいても同じ」という人も。タイ人はなかなか安定しない人が多いのと、仕事で都合がつかないのとで参加なしだった。まあしかし、こういう所に来れる人はいいんである。当人の能力が高い、夫の職業が安定しているの両方かどちらか。日本語力だって、語彙不足な日本人よりもまとも。日本人は高齢化していて最高齢はもうじき80歳。この人が料理家であり声楽家でもあり「老人ホームにボランティアに行ってますの」なんて言って1番元気そうに見えた。
by kienlen | 2010-10-18 08:22 | タイ人・外国人 | Comments(2)
自転車なら10分程度、歩いてもわずかの学校に行く日。タイ人の子の指導はたったの1時間。往復の時間を割くのが悲しい。結局車の方が早いので、こういう状況下ではガソリン炊く車を使ってしまう。今朝は雨でひどい渋滞だった。道を変えてみても混んでいる。バカバカしいことこの上なし。1時間のボランティア同然の事のためにこれかよ。渋滞で間に合いませんと連絡しようかと思ったがギリギリ間に合った。この子についての用事はたくさんあってその話にあてたかったが、授業に入ってくれということで英語の授業に一緒に行く。しかし、毎度毎度思うことであるが、例えば授業の内容をタイ語で伝えてくれと言われるとする。私はぎょっとする。外国の言葉以前に、中学レベルの数学とか科学とか、私、日本語でも分かりませんから。「自分が理解できない内容を伝えられない」と言うと「先生の言ったことをそのまま伝えてくれればいい」と言う。ふうむ、出来る人は生息している世界が違うな、まあ、そう深く考えずに行くかってことになる。なんてたってボランティアは気が楽だ、と思わないとやってられない。これがまっとうな仕事であれば冷や汗もので予習復習、胃痛にストレス、アルコール、そしてはったりだってかますんだが・・・。そういうわけで英語である。いくら自分でも中1の英語くらいは大丈夫だと思うが、別に私が教えるわけではない。言ったことをそのまま、そのまま、と唱えて行く。

先生は楽しい授業をしていた。よく知られた英語の歌をかける。よく聞く英語の歌だ。子供だって何となく耳にしたことがあるようなもの。そのタイ人の子は超田舎から出てきた子。それだけで生活状況が予想できてしまうのがいいのか悪いのか、実のところ本当に分からない。先入観ってやつだから。しかし知らないから先入観がないというのは間違いだし、もっと罪は重いかもしれない等々いちいち悩む。答えを予想しつつ「聞いたことある?」と聞くと「ない」。ま、それは別にいいのだが、次に先生がナントカという、テレビを見ない自分には全く訳の分からないテレビ番組の名前を挙げて「見たことある人」と尋ねた。半数以上が手を挙げる。そこで私は「あのね、ナントカっていうテレビ番組を見たことある人って先生が聞いて、見たことある人が手を挙げたの」と説明する。と、その子は「え、何て番組?」と尋ねる。「アタシも知らない番組」と答える。それに仮に知っていて番組名を言って、それで何が伝わるのか。例えば厳密な仕事ならこんな事にはならないが、だって授業の内容にどういう関係あるのか分からないし、それに椅子もないし突っ立ってそこにいるだけなんだし。テレビ番組は日本人の共通文化ってことになっているだけにやっかいである。これが例えばシンガポールだったらどうだろうか。多言語放送しているから家では母語で視聴ということがあり得る。学校が英語としてクラスの半数以上が手を挙げるかどうか。現場を知らないけど、想像するに、共通文化の想定の仕方がモノカルの国とは違うんだろうな。モノカルというのはもちろんジョークだが。当人にとってジョークの世界じゃあ済まされないんだろうが、意外にすんじゃうかも。分からない。
by kienlen | 2010-09-16 10:52 | タイ人・外国人 | Comments(2)
つい先日も裁判の傍聴に行った。タイ人同士の喧嘩事件。酔って喧嘩した、と笑って済ませられなかったのは、片方が失明してしまったからである。加害者と被害者と単純に分けるには訳の分からない事件だし、両方とも面識がある人達で、極めつけはこの喧嘩の舞台。もうこれ以上言えないくらいに身近な場所である。私はたまたま居合わせなかったというだけで、居合わせていたら証人になっていたことは間違いない。タイ人ばかりの中で日本語の通じる日本人だから重宝されたかもしれない。ここぞとばかりに嘘つきまくっても信用されたかもしれない、というのは冗談。法廷には見たことのあるタイ人が数人いた。単独タイ人か、あるいは日本人同伴。閉廷後に「知り合いなの?」と久々に会ったタイ人に聞くと「タイ人同士だもん、みんな知り合いだよ」と笑われた。何しろ物的証拠がないし、酔っ払いだし、第三者ほぼ不在という事件だから供述のみが頼りみたいな感じ。その日は被告人質問だった。この間、弁護人も検事ものたのたと話していたせいもあってか裁判官が「次に別の裁判が予定されていますから終了時間を守るように」とまず釘をさした。内心で拍手。本当に拍手したら怒られるから。昔「そこ、姿勢が悪い!」と指さされた時は本当にびっくりした。

弁護側が「被告は相手の挑発にのらずに淡々としていたのに相手が一方的に攻撃してきて防御しているうちにフォークが目に当たってしまった」という筋で通しているのは明かだった。私にはこれが事実かどうか全く分からないのだが、ただ無我夢中だった割には、どうやって殴られたかを覚えていすぎるのが逆に不自然に感じた。手短に答えるように言われているから、その印象がさらに強くなる。はい、いいえ、とか、簡潔に言い切れるものかな、と。でも言葉のやり取りとはそういうものなんであり、裁判を見ていて感じるのは言葉による表現力のある、なしによる影響は相当に大きいんじゃないかということだ。だから弁護士がいるわけだろうけど、その間のやり取りだって同じ。なんかこう、複雑な気分。言葉による表現力に乏しい家族を抱える身としても。途中で傍聴人の失笑を招く部分もあった。「当日はビール7本飲んだことになりますが酔っていましたか」「ちょっとだけ」「記憶をなくすくらいですか」「いいえ」「どのくらい飲めるんですか」「スナックに勤めていた頃は2人で1箱飲みました」と言った時。1箱って24本である。「お酒強いということですね」「そうです」。それにしても全体的にぼやけた事件。そもそも何で喧嘩になるか、というのが全くもって分からない。つまり動機というやつだ。分からないのは、あくまで自分の視点だからであり、目があっただけでとんがる人もいるとなると、分かる人には分かるんである。そういうことを分かるという点ではいいけど、世の中殺伐とすると結局こういうことに税金を使うようになり、悪循環になることも分かる。
by kienlen | 2010-09-04 10:18 | タイ人・外国人 | Comments(0)

また中学生の来日

昨夜も夫の店にいた。友人と、いつものタイ人と。店は暇で従業員も経営者も一緒にご飯を食べている状況のところに4人の来客があった。ちょっと知っている男性とそのタイ人の妻と2人の子ども。細くて静かな感じの男の子を紹介して「今日、着いたばかり。成田に迎えに行って富士山見せたりドライブしてきて今着いた」と言う。そして、夫に、私がいつこの店に来るかを聞きに来店したということで、当人の私がいるので「ああ、良かった」と言っていた。つまり、その男の子は日本の中学1年に編入するのである。来日に先立って教育委員会に相談に行くと「その学校なら××さんがいるから××さんに相談して下さい」と私の名を告げられたというのである。「えー、アタシは相談に乗るような立場でもないし、教師でもないし、その学校にいるわけじゃなくてたまに行くだけだし、教育委員会がそんな事言うって変。相談に乗るのは教育委員会と学校の役目でしょう」と言うと先方も「僕もおかしいと思ったんですよね、いきなり名前出すし。僕、たまたま知っている人だからいいけど」と言う。まあ、相談というか、どっちにしても自分の知っている事を話す分には有意義だろうと思ってしばらく話していた。

ちょうどその学校には同じく中学1年で来て今3年で高校受験を控えているタイ人の男の子がいるし、来年か再来年には、小学校で来日してその中学に上がってくるタイ人もいるし、外国人の多い中学なのである。日本語教育専門の先生もいるから安心ですよ、と言った。とはいえ、前途多難な言語環境を思うとため息はつきたくなる。まあ、がんばるしかないですよね、と言う。お父さんがいい人なのは救い、というか何よりだ。お母さんが専業主婦で家にいるというし、家庭環境としては悪くないように思う。どうしても適応が難しかったら故郷に帰ることもできる、妹夫婦が面倒みてくれる、と言う。それはそれでいいんじゃないかと思う。お父さんは「それが甘いって言われると」などと言うが、私のように「こうするからにはこれしかない」という考えが極端に不足している者にとっては、甘い、なんて考えはない。逃げ道は多い方がいいと思う自分はホントに甘い。だってどっちがいいかなんて誰も分からないんである。当人が望んで来たというし、ひらがな、カタカナは勉強してきたという。いいじゃないですか。ま、楽しくやりましょう、というところだ。やり取りを聞いていた友人は、このお父さんがタイ人だと思ったらしい。日本語話すのに助詞抜きという、外国人と接している人にありがちな話し方をしていたから。そっちは直した方が子どものためにもいいかもね。
by kienlen | 2010-08-22 09:07 | タイ人・外国人 | Comments(0)

タイ人気質って

昨日は急遽遠出になって予定を変更した。待ち時間の多い仕事だから読書がはかどる。そもそもが、読書がしたくて受けるような仕事でもある。家でごろごろと読んでいると怠惰な気分になるが、仕事の待ち時間だと思うと充実感を得られる。ああ、この貧乏性は典型的な日本人か…などと思いながら、読みかけのを終えてから、やっぱり読みかけの別の本で、タイ関係の本の復刻版を読んでいた。ウチの場合は夫がタイ人である。子どもも半分タイ人である。中国系ではないタイ人である。こういう話はよく友人ともするのだが、どこの国の人であれ民族であれいろいろな人がいて一概に乱暴にナニ人はどうである、と決めつけるのは失礼だろう、でもやっぱり何かあるよね、ということになる。その「何か」が何か、である。夫は典型的なタイ人かどうか、分からない。煙草も酒もやらない、妻が何人もいない、という点だけをもって「えー、それだけでラッキー」とタイ人に言われてきたが、それだけで、ああラッキーですかと、喜ぶ気分にもなれず。

それで、読んでいた本でなるほどと思ったのが剛と柔の柔の部分である。私が日ごろから、夫に対して感じるのは、一体自分というものがあるのか、ということである。ひたすら人の言いなりである。自分はこうである、とか、何かに対処できない時に根拠や理由を述べて説明することがほとんど全くない。で、自分を抑えて我慢しているのかと思うと、そうも見えない。波の上を漂う木の葉みたいな感じ。そういえば、今は会話もないのでこういう機会もなくなったが、以前は何か聞くと返事は決まって「レーオテー」であった。そういえば日本語にはしにくいな。お任せというか、キミ次第というか。それが徹底しているのが見事である。子育てだってとてもポリシーがあるように見えない。子どもの言いなり。こんなんでいいのかと思うが、あまりに徹底しているのであっぱれと思うし、その超柔軟さが逆からすると固いのである。これって表裏なのかな。ということを突然改めて振り返っていた。
by kienlen | 2010-06-08 09:32 | タイ人・外国人 | Comments(0)
どこにも出かけず電話もなく静かに過ごした日だった。やらなくちゃいけない仕事はある。考えても考えてもいい案が浮かばない。食べたら浮かぶかも、と思って何か作って食べる。寝たら浮かぶかもと思って寝る。結果的に何度も食っては寝で、実に静かだったわけだ。このところどっかに行きたい願望が高まっている。それでベトナムかどこかあの辺に住んでいるはずのオーストラリア人の友人に居所と近況を問うメールを出しておいた。その返事が本日来た。暗い内容だった。ベトナムにいる。仕事がある限りここにいる予定だが、実は中国に行きたい。しかし年老いた自分を雇う所はなく、どこもかしこも若い英語講師を欲しがるばかりだ。ベトナムにしても事情は同じ。とまあ、そういう内容である。この彼とはバンコクで知り合って長い付き合いになる。英語を教えながらアジアの国々を転々とするというライフスタイルで60歳。過去にはいろいろあったんだろうが最終的には家族なし。親きょうだいとの付き合いもなしと聞いている。

暇でもないのに行き詰まりに任せて検索してみると、退屈でうんざりな仕事と日常を脱してアジアの国で英語を教えよう、とけしかけるHPがあった。日本でもタイでも需要は膨大。ロンドンで毎日朝起きてつまんない仕事に行くのが憂鬱だったけど、バンコクで英語を教えるようになって刺激的で充実している、とかいうような体験談もてんこ盛り。母語が英語というだけで仕事にありつけるっていいなあと、ずっと思っていたし、今も思ってはいるのだが、だから失うものも大きいよなということも思っている。自分に引き付けた場合、国際結婚である。この先どうなるんだ、である。親が大反対だった。今となると、その理由は分からなくもない。よく考えるのは、子供が外国に移住したいとか外国人と結婚したいと言った場合のこと。自分の経験を語ることはするだろうな。まあ、聞くはどうかは別問題だが。それで反対するかどうか。外国だとかそういう次元で反対するわけないけど、まずは自分を鍛えておくことは推奨するだろうな。これって別にこういう事に限らないか、ははは。
by kienlen | 2010-05-27 22:56 | タイ人・外国人 | Comments(0)

最近のタイ人達

たくさんいたタイ人達が帰国したり捕まったりで減る一方、寂しくなるなと思っていたのだが、人の移動や移住はそう単純なものではないことを感じる。夫の店はコックさんがいなくなり夫が自分で厨房に入ることになった。それでサービスの方のアルバイトを雇うことにしたようだ。こういう方法はとっくに考えられたことではあるが実行できなかったのは、タイ語ができてタイ料理に詳しくてタイスタイルの働き方を安くやってくれる日本人がいるなんて事実上考えられないからで、かといってタイ人で日本人の相手ができて、まじめにバイトする人がいるかというのも難しい。ところが、日本語学校を卒業して専門学校で学ぶタイ人のバイトが見つかった。そういう人がこんな地方都市にいることにびっくりした。聞くとやはり親戚が日本に移住していた。まだ様子見というところだが、とにかくタイ人によるみんなのための店というコンセプトからするとタイ人スタッフは歓迎というところ。夫が「ハンサムだ」と騒いでいたから期待したら、ひじょうに古典的というか伝統的な感じだった。

中学1年でいきなり日本の中学に入った男の子が受験の3年になり、週に1度だけ外国人枠のための作文指導に行くことになったと思ったら、続けて「中学3年に来た子がいるから」ということで支援に入ることになった。タイ人も移民2世代目に入っているわけだ。とにかく全く日本語が分からないので打ち合わせ段階に呼ばれた。どうも今回のタイの騒動が来日のきっかけになったらしい。タイで通っていた公立の中学は一学年15クラスあり、先生が足りなくてドロップアウトする生徒が多かったと言う。機能しているのか、タイの教育制度。こういう話を聞くと心配になる。というわけでまさに、あいうえお、からのスタート。いろんな先生が交代交代で見るようだが、3年に2年在籍して高校へという方法をとるようだ。そういえばウチの子も同じ年なんだった。明日は高校の見学に行くそうだ。この間、希望する進学先を提出したのだが、息子の時にどこを書いたのか全然覚えてないとは、我ながら親としてどうなんだと思った。
by kienlen | 2010-05-21 20:54 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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