カテゴリ:タイ人・外国人( 157 )

50代に入った人達が一様に言うのは、記憶力が減退し体力が落ち、目が悪くなるので読書も億劫になる等、全般的な衰えについてだ。そこには、40代のうちなら頑張れる、という意味合いが含まれているようで、すると私は貴重な最後の時間をただただ浪費していることになる。今朝も寝坊しながら、そう思って落ち込んでいた。実はこのところ、目を閉じた瞬間から、と言ってもいいくらいによく夢を見る。それもタイのシーンが頻繁に出てきたりで、画像はやけにリアル。でも時系列に沿っていないので目覚めて奇妙な気分になるのだが、この感覚が面白くてはまり気味。ところが、新聞を読んでいたら認知症の症状として、過去と現実の区別がつきにくくなるというような例が書いてあって、この自分の感覚も相当するような気がする。眠り続ければそっちが現実であるのは、SFの世界でなくても日常経験から分かることだ。眠り続けられないだけで。

という状態にいた時に友人から電話があった。声から「寝ているの?」と言われたが、本当に怠惰な時にこう聞かれると恥ずかしくて否定した。これは見栄か。彼女は外国人女性の支援をしていて、私に連絡をくれる時はたいてい、情報を求める時だ。今日のは、夫に暴力をふるわれている外国人女性が相談に行く場はどこか、というもの。知っている限りを伝えるが、それで解決になるとは思えない。「相手は変わらないから逃げるしかないでしょ!」と言ったら「アタシを怒鳴らないでよ!」と言われた。逃げる決断が簡単につくとは、私も思っていない。特に外国人の場合はビザ等の重要な問題が加わるから、さらに立場が弱く、今回はさらに複雑な事情があるらしい。「子供は男?女?」と聞くと女。「危ないなあ」とつぶやいたら、彼女の心配もそこにあった。私は成育環境も現在も暴力的な所にいないので疎いが、ただ、形態はいろいろなDVが相当に多いことは、人と話していると意外な人が経験者だったりすることからも想像できる。これが外に向かったら殺人になっても不思議ではないし、家庭を持つことの歯止めになっている面があるのかもしれないと感じる時がある。暴力までに追い詰められるなら遊んじゃえば、逃避しちゃえば、と自分の怠惰さを肯定したりして。
by kienlen | 2006-06-15 11:03 | タイ人・外国人 | Comments(0)

少子化の話と年金制度

夕方「赤川先生がラジオに出ている」という連絡が友人からあった。それでNHKラジオをつけてみると、どうやら少子化特集をしているらしいが、すでに終了間近。赤川先生とは『子どもが減って何が悪いか!』という傑作の著者の赤川学先生。ちょうどS大学にいたので著書に関する講演も聞きに行ったことがあるが、今日のラジオの紹介によると東大の大学院に頭脳流出したようだ。番組では、リスナーからの意見を求めて、赤川さんがコメント、という進行だったらしく、その片鱗は聴くことができた。赤川さんによると、少子化問題=年金問題であり、これは世代間の配分の問題とせず、個人がかけた分を受け取る制度に改めれば何も問題ないでしょ、ということ。アナウンサーが、それも難しいことで…みたいに言いよどんでいたら、難しくない、と断言していた。若い世代が減るのだから、個人単位にしないと制度が崩壊するのは普通に考えれば分かる。掛け金を増額し続けたら払わない人はますます増えるだろう。世代間の支え合いなんてキャッチフレーズはやめて、君達に支えて欲しい年金制度、とした方が実態としては正直ではないだろうか。

ウチは2人で個人事業なので2人とも国民年金であるが、この負担は大きい。以前夫がタイにしばらく帰国することにした時、市役所にその間の免除申請に行った。日本人だと海外転出という手続きをすると免除されることは知っていた。ところが外国人は入管の管轄で、住民票に載らないから海外転出そのものがないということ。なんてこった。無駄とはいえ文句のひとつも言いたくなる。「外国人だったら長期間母国に滞在もあるでしょうに、免除制度がないってどういうことですか。そもそももらえるか分からないのを義務だから払っているのに!」と言うと先方は「年金は国の基幹にかかわるものなのでもらえないなんてことはあり得ない」と言った。そうですか、過去に在日の人達にとってきた措置等に鑑みて、国家の外国人政策が信用できると判断できる材料ばかりではないのですが。
by kienlen | 2006-06-02 20:48 | タイ人・外国人 | Comments(0)
日本に入国する外国人の、一部を除く全員の指紋と顔写真をとることになるのだそうだ。理由はテロの防止。アメリカという前例もあるので可決しやすかったのだろう。これに関してはずっと人権侵害だとか外国人差別だとかの声は上がっているが、私にはすごく単純な疑問がある。私が感じる位だからフツーの人の大方は感じるのじゃないかと思うが、とにかく年間600~700万人の対象者の指紋をいちいち採って写真を撮るって一体どのくらいの手間やら機材などの費用がかかるのかってこと。それをしていない今だって充分行列ができている入管の審査である。機械で正確に指紋を取るのもそう簡単な作業ではない。で、正確でないものを保存したところで無意味どころか有害になる可能性もある。「あの時機械の調子が悪くて正確に採れず照合から漏れました。あってはならないことが起きてしまい深くお詫びします」で頭下げるか土下座して、まさか済ますわけはないと期待したいが。それにテロリスト候補に日本人を含まないという合理的根拠があるんだろうか。本気でテロを起そうとする人が正面玄関から、その国の国籍保持者の協力なしに入ってくるのだと予想できる人々って、まさか法の網をくぐる脱税策なんて考えたこともない遵法精神が大変肥大した人達なんでしょう。

そこまでしてもこれだけの効果があるのだ、という説明を一般のマスコミ情報から私は得ていない。特定産業分野への経済的貢献と入管職員の増強か民間委託による失業対策になるとか、いろいろあるんだろう。高性能機械を導入したところで永遠に使えるわけがないのはもちろんだろうからこういうメリットはありそう。でも出所は税金だから何か削減されそう。それにしても、週に1度は外国に出張というような外国籍の人の指紋や写真はどんどん蓄積されるわけだ。日本観光専門のツアコンの方とかも。ウチの夫も当然対象者。夫婦で貿易業でも始めて一緒に出張なんかしたら、待たせられそうだな。子供は二重国籍者だから17歳になったら対象者になるのか、それとも日本国籍もあれば外れるのか。でも、私がテロリストだったら、そんな面倒な外国人よりは、私のような者に巨額払って何かさせることを考えるな。下流社会人口が増えればリクルートできそうな人も増えるだろうしな。テロリストがどうして生まれているかのメカニズム研究にもっとお金使ってリスクを軽減するってのは、スローで浅はか過ぎる考えなんだろうか。不思議すぎて混乱している。
by kienlen | 2006-05-19 13:01 | タイ人・外国人 | Comments(0)
定期購読している雑誌は何誌かあるが最も薄いのは『国際人流』というもの。法務省入国管理局の広報誌みたいなもので、入管法の改正とか入管の公式見解はこういうので見るのが楽なので、一応保存している。本の紹介コーナーにたまに掘り出し物があり、若槻泰雄『外務省が消した日本人-南米移民の半世紀-』は鬼気迫るものがあってとても良かった。国策で移民を送り出す側の内部にいた人が本気で書いているのだから読み応え抜群。外務省の広報誌でもこういう本は紹介したのだろうか。もう1つの楽しみは、毎年5月に掲載される「本邦における不法残留者数」という特集。この統計を法務省が取り始めたのは90年から。で、92年から94年までタイはトップの座を占めていたのだが、毎年減少して最新の統計では4位になっている。

不法残留者数の国籍別推移を見てみると、タイの減少率が格段に高いことが分かる。全体で19%、男は20%を超えている。どうりでこのあたりのタイ人もどんどん消えていくわけだ。こんな国は他にない。上位の韓国も中国も数%だし、3位のフィリピンに至ってはほとんどの国が減少している中で僅かながら増加している。この統計だけでは入管や警察に逮捕された場合と、入管に自主出頭して強制退去される場合の数をそれぞれ知ることができないので想像でしかないが、どうもタイ人は一番捕まりやすいように思われる。まず外見。中国や韓国のように日本人と見分けがつきにくい、ということが少ない。それと、この両国と違ってオールドカマーがいないし、特に男性でビザがある人は少ないので、多分職務質問もされやすいのではないだろうか、と思ってしまう。タイ人は一般にひっそりしている。デモもしないし、権利の主張にも長けていない。留学生や就学生等の一部を除いては、充分な教育を受けていない人が多く読み書きのできない人もいる。運命を切り開くというよりは、受け入れる方を選びがちに見える。こういうことが、今後の日本の外国人政策とあいまってどういう方向に行くのか見守っていこう。
by kienlen | 2006-05-09 15:55 | タイ人・外国人 | Comments(0)
友人宅の持ち寄りパーティーに行った。相変わらずバレーの試合に時間を費やしている息子に付き合っていると娘が退屈するので彼女を連れて行く。集まったのは、カナダ人とアメリカ人カップル、オーストラリア人、日本人カップル。オーストラリア人といっても両親がロシアからの移民で、当人も7歳まではモスクワ育ちということなので国籍は知らないが、いずれにしろ、全員英語を教えている人々。オーストラリア人女性は、6月にタイへ行き、それからモンゴルに行き、それからロシアに行き、それからイスラエルに行くのだと言うので「楽しそうですね」と言ったら「恵まれていると思う」と認めていた。バンコク在住時に、マレーシアからの列車でフアランポーン駅に帰り着いた時、いきなり知らない白人女性から声をかけられたことがある。「バンコクで英語を教えたいのですが学校を知りませんか」と。確かオーストラリア人だった。こうして英語を教えて稼ぎながら旅して歩いている人口は相当いるんだな、とその時に感じ入ったものだが、今日もそれを確認することになった。

私がいくら日本語が上手だって、それだけで旅先の各国で日本語教師の職を得られるほどの需要はない。タイ人がタイ語が上手だからといって、日本語以上に需要がない。それどころか、タイというだけでビザ取得自体が極度に難しい。タイ人というだけで書類もパスポートも偽モノだろうと、まずは疑われる。私の夫にもそういう経験があるので分かる。知り合いのパキスタン人はテロリストとつながりがあると疑われるということなので、それよりマシかどうか知らないが、いずれにしろ、外国に出る時にモノを言うのは個人の力よりは、国力、国籍である。私と夫が熟年世界旅行をするとしたらやっかいなことになるだろう。日本人ならノービザで入れる国々でもタイ人はビザが必要で、さらに審査も多分厳しい。どっかの空港で別れ別れになるかもしれない。こういうことは厳しくされる立場にいないと分かりにくいらしく、例えば不法滞在者を特別な存在のように思う人もいるが、単に滞在資格が発給されるかされないかの相違である。日本だって経済力が衰えて外国から門戸を閉ざされる日が来ないとも限らない。英語で放浪しながら優遇される人と母国で食えない人。機会は平等ではない。
by kienlen | 2006-05-06 20:09 | タイ人・外国人 | Comments(2)
部活に行く息子の弁当を作って、少しは仕事の構想でも練ろうか、しかしやる気にならない、とグズグズしているところに、知り合いの僧侶から、寺の桜が満開で陽気もいいのでお花見に来ないか、という誘いの電話があった。息子を除く3人で出かけることにする。小高い丘からしだれ桜越しに望む光景の中には、オリンピック関連で開発が進んだ新興住宅地や道路が多い。新幹線のコンクリートが一直線にそこを貫いているのが目立つ。お坊さんとビールを飲みながらそんな景色を眺めていたら、いかにも外国人風の一行が通りがかった。花見では外国人をよく見かけるなあ、と考えていたら声をかけられた。その一行はインドネシアの現及び元研修生達で、その中の1人の妻で日本語教師をしている知人が声の主だった。全然日本語ができないベトナムの研修生が来るようになっていて日本語を教えている、等の新しい話を聞く。日本人男性とタイ人女性の家族とも会った。

日本のサクラはタイ人達の間でも有名だし、もともと外で食事する習慣があるし、食事は大勢で食べるのが好きなので、お花見とタイ人は親和性が高いといえる。数年前までは一緒に花見をしたり、偶然出合って合流ということもあったが、このところそういう機会はめっきり減ってしまった。タイ人の絶対数が減ったことが要因としては一番大きいと思われるが、リーダー的な存在がいなくなったことの影響も大きい。その点で印象に残っているのはチットというタイ人男性だ。在日タイ人協会を作って会長に就任にしようか、とも言っていた。グラウンドを借りてサッカーの試合を組んだり、花見などのイベントにはリーダーシップを発揮していた。各地を転々とする間に危機一髪で摘発を逃れたり、車を運転中に何度か検問にあったのに無事だったことから、このままいられるような錯覚にも陥っていたようだったが、とうとう入管の摘発で強制送還されたのが4年ばかり前だ。ビザの発給こそは、個人よりは国家の問題で、不法滞在者をどう扱うかは入管や警察のその時の方針に左右されるのだということを10年間つくずくと感じてきた。花見の頃は一時期の賑わいを思い出して感慨にふけったりする。サクラ越しに見える開発地の片隅でタイ人も働いていたことは確かだが、用事が終わった今、その人達のほとんどはもう日本にいない。
by kienlen | 2006-04-23 23:15 | タイ人・外国人 | Comments(0)

10年の変化

日本に来て私はちょうど10年。今日会ったタイ人女性Pは9年。思い出話が重なる。来日時期は、この地での冬季オリンピック開催の準備が追い込みの最中で、関連施設や新幹線や道路などの建設ラッシュだった。バンコクの日系企業を辞めて来日した夫は、たくさんいるタイ人達とすぐに知り合い、仕事の情報を得て建築現場作業員になった。ほとんど全員が不法滞在者という中でビザがあるので正規雇用。でも一時的な建築ブームはすぐに終わり、日本人社員に先駆けて電話1本でクビになっていた。その頃、Pは「人身売買」ルートに乗って来日した。お決まりのお仕事で稼いで短期間で400万円の通称「借金」を通称「返済」。自由の身になってさらに稼ぐのだが、多くのタイ人がそうであるように父親に捨てられた子供を残して来たわけではないので、働かない男と暮らしたりで浪費しつつ、タイ人男性との間に子供ができてしまって、無保険の出産費用等で病院には本物の借金という、1つの典型的なコースをたどる。

バブル期に日本にいなかった私も、当地で遅れてきたバブルを味わっていた。あちこちにタイ人がグループで暮らしているので、いつもどこかで各種パーティー気分。誕生日、入管に出頭した後のサヨウナラ記念、転居、諸々。ビザがないだけでは警察は逮捕しないという共通認識なのか希望的思い込みなのか表面的にはのびのびしていた。仕事もまだあった。その後、取り締まりが目に見えて厳しくなり、仕事も減っていく。それでも帰国の決心はつきにくい。それは分かる。外国といったって5年も10年も継続して居続けたら生活の場になってしまうし、いくら職がないといってもニッチで得られる小遣いでも、タイでの安賃金よりはマシ。異国で出会うタイ人同士、問題もあるが助け合いもある。「帰国」という響きは、一波乱の後で元の鞘に収まるような、ある種の安定感を包含しているように感じるが、彼らが立っていた場所は長期不在という影に埋め尽くされていると想像する方が容易だ。さらにPにはHIV感染という重たいお土産付きなのだった。
by kienlen | 2006-04-03 22:15 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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