2017年 08月 23日 ( 1 )

気分の重たい日が続いて、気づいたらもう8月も終わりの方にさしかかっている。憂鬱だったことが終わり、少し一段落というところ。とにかく次々と色々なことがあって飽きないといえばいえるが、面白いことでもなく生産的でもなく経験して役立つことでもなく方向的にはマイナス方向で、しかし日常ってつまりこういうことかもなと思ったりもしながら、いやあそんなはずはないと思ったり、もう何が正常で何が異常か分からない奇妙な感じで過ごしている。そういう中で思うのは、出会いの不思議さだ。選択の余地がある場合、どこを選択するかという時に、ある状況に留まるか離れるかを決める基準はひとつではないと思うが、人の要素はきっと大きい。だいたい人生を振り返っても、苦しい時に誰かひとり磁石のような役割の人がいるなという意識はあった。何か支援してくれるとか、して欲しいというのではなくて、ありきたりな言い方をすれば、自分以外で自分を肯定してくれる人という感じの存在で、それが露骨でない人。

今回がまさにそういう状況。何だか青臭い話しではあるが、こっちによろめいてしまおうかと思うことだらけな中で、引き止め役というのがいるのだ、もちろん自分の意識の中での話しとして。元々ことばについて関心があって、しかし専門的な勉強をしているわけでもなく知識があるわけでもなく、ただ関心があるというレベルでしかなく、学ぶチャンスのなかったことを恨み、って、この恨みってところが青臭いということだが、本を読んだり自分なりに考えたりしているだけなので、話し相手もいない。まずひとつは実用性よりも趣味の世界だし、そんなせこい話しで盛り上がれる相手がいると考えたこともなかったのだが、さすがにタイにいるとみんなタイ語だし、その中で日本語の知識があって似たようなところに面白みを感じる人がいるのだった。軽い感動。よってこの状況に留まっている、今のところ。それが面白くて読書量激減。日本の友達の読了報告を指加えてみている。



by kienlen | 2017-08-23 07:45 | その他雑感 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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