2017年 06月 07日 ( 1 )

いやはやおほほ

すごく変な言い方だが、何というか、人間的にこれまで欠けていた部分を補っている日常という感がある。つまりこれまで仕事場においては、仕事柄も仕事の形態柄もあって、その仕事を達成するための人間関係という側面が強く、実はそうでない側面だってあるには違いないが、達成しなければならないものが具体的にあるゆえに、それに重きをおくなら他には目をつぶれるという状況があり、そして自分はそっちを好んで来たというところは明らかである、自分の意識の問題として。ところが一転、達成すべきものが何なのか明快でなく、というか、あるのかさえよく分からず、自分としてはこれだろうと感じられるものを、日々一緒にやる人が共有しているわけではなく、これが各方面ですべて違い、しかも現場だけではない遠隔コントロールもあり、これがこれでまたもや複雑な様相を呈しているというわけだ。

現場のことわかんねえくせに机上の論理でよお、大事なのは実なのか体面なのかどっちなんだよお、でもまあ実なんてあんのかよお、体面ってそれ、組織とかじゃなくてもしかしてあんた自身のためなの、とか、今時こんな言葉遣いはしないでしょうけど、いつの時代にこういう言葉遣いがあったのか知りませんけど、まあ、いってみればこういう状況であり、それが何とひじょうに見えやすい形で現れているというわけだ。ある意味ひじょうに貴重なのであるが、そしてこれが見ているだけで済めばいいのだがそこにいることになるとは。しかしである。前にバンコクに住んでいた時も人間関係はすごかった。廊下で上司同士が大声でけんかだし、はあ、と思ったが、当時は仕事柄があって、それはそれと切り替えることは簡単だった。すべきことがあったから。すべきことが何なのか分からないって恐ろしい状況であるが、案外そういう状況下の人は多いのかもしれない。止むなくの場合もあるだろうし、無意識にそういう状況を作り出すことも可能かも。病みますね、これは。それで自分がこの経験で別人になるかというと、だったら面白いだろうけどムリでしょう。

by kienlen | 2017-06-07 08:31 | その他雑感 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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