2016年 11月 12日 ( 1 )

イギリスで感じたこと

この間、電車に乗っていて改めて感じたこと。車内アナウンスがゆっくりで親切。今の時代、観光地では英語と中国語、あるいは空港なら韓国語なんかもあったと思うが、どれもゆっくり明瞭に話そうという意図を感じる。外国語がゆっくりというだけじゃなくて日本語もゆーっくり。このことを特に感じたのがロンドンでだった。移民だらけの色々な人々がいる国で、いちいち外国人旅行者なのか住民なのか、英語ができるのかできないのかの区別をつける発想はないのかもしれないが、それにしても駅のスタッフとかチケット売り場とか、いかにも慣れない様子の私らにまで、どうしてそこまで早口なんですか、いつもそんな風にしゃべっているんですか、と聞きたくなるほど早口、に感じた。そもそも私が日本語であそこまで早口でしゃべれるかというと、ムリ。まあ、用事以外を話すわけではないので用事くらいは足せるのだが、すっきり分かった感がなくて、その程度の英語力もないのねと思って、そのことを英語力に問題のない友人に話したら「あの人たち、自分が話したいこと話すだけだから、いいのよ、全部分からなくても、核心だけ分かれば」と言っていた。でも、単純な用事だけで核心以外を言うのかというのがそもそも疑問。
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でも心当たりがひとつあった。ケンブリッジ行きの電車に乗りたい朝だった。この間のヨーロッパで何度か電車に乗り、直前までプラットホームが分からない、ということは知ったつもりだったのに、それを忘れた、というか駅の構造が違うのでどこで確認していいか分からず、改札口に立っている駅員さんにプラットホーム番号を尋ねた。すると「オレはここに立っているだけなんだから自分であそこを見ろ」とすごく迷惑そうな態度で、人が大勢立っている方を示した。ああ、電光掲示板の前に立っているんだ、あそこだ、と思って行ったのだが、日本で場違いな質問したツーリストに「私はここに立っているだけですから」と言うだろうかと考えると、少なくとも言葉の使い方の習慣は違うように感じられる。よってこの部分は理解せず「あそこを見ろ」だけでいいわけだ。スーパーで買ったビールの栓を抜きたかったがホテルの部屋には何もない。タンスにも風呂場にもない。それでフロントに頼もうとしたらやはり同じだった。何といったか覚えてないがつまりは自分の役割ではない、ということをまず言ってから、それに付け加えて「バーに行ってくれ」である。最初からその核心だけ言ってくれれば手っ取り早いと思うけど、いかにもその要求も質問自体も不当である、と伝えたいようで、その後、話しかけるのが怖くなった。まあ、応じる側の目的はこれなのだろう。

by kienlen | 2016-11-12 20:39 | | Comments(0)

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