2016年 08月 29日 ( 2 )

『愛国と信仰の構造―全体主義はよみがえるのか』

せっかく時間があるので今まで読めなかった本にかかっているのに、本屋に行ったり図書館に行ったりしている。これは本屋で見つけて好きな中島岳志さんの対談本で、相手が、タンマガーイ運動についての本でも言及されていた宗教学者の島薗進さんで、テーマがストレートに興味の的だったので買ったら娘とだぶってしまい、友だちに頼んで引き取ってもらった、ありがとうございます。で、今取りかかっている本より読みやすいのでこちらを先に。目次をみると流れが分かる。戦前ナリョナリズムはなぜ全体主義に向かったのか、親鸞主義者の愛国と言論弾圧、なぜ日蓮主義者が世界統一をめざしたのか、国家神道に呑み込まれた戦前の諸宗教、ユートピア主義がもたらす近代科学と社会の暴走、現代日本の政治空間と宗教ナショナリズム、愛国と信仰の暴走を回避するために、全体主義はよみがえるのか。

この章立てにピンときたら読んで裏切られることはないと思うしピンとこなくても読んでソンはない。大変大変良かった。新書で対談ではあるが、中身はとても濃くて、明治期からの日本独特のねじれを分かりやすく説明していてすごく刺激的だった。自分自身、何を拠り所にするかという時に、やはり宗教だよなと思い、その点自信をもって信仰できる対象があったら人生全然違うだろうと思っているので、ほとんどずっとうなずきながら読んだ。そういえばウディ・アレンの映画でも、キルケゴールの絶望に言及した時、教授が「彼にはキリスト教があるからいい」と即答していた。神も共同体もない底の抜けた個人の行方は…。戦争を挟んで約75年で対称的になる明治から今日までを25年ごとに区切り、自由民権運動の構造、中島岳志らしく当時のテロと今の無差別殺人の共通性なんかも含め細かく論じていて、ああやはり。つまり今戦前の状況に似てきているということだ。さてどうするか、も模索している。上からと下からと両方からの議論は納得できる。それにしても、手っ取り早く毎日絶望できるのがメディアという状況にまでは確実にきてる。現実直視の良い本が怖い時代とは…。

by kienlen | 2016-08-29 21:51 | 読み物類 | Comments(0)

風邪と昼のビール

昨日は早朝から営業しているカフェで友人と待ち合わせた。7時45分に着くと友人はすでに店のマスターと話していた。コーヒーとサバサンドを食べてコーヒーをおかわりしながら話し、それから図書館へ。それから同じ友人とランチということになり、私は何度か行ったことがあるが彼にとっては初めてという店に案内した。
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私は朝のサバの続きでサバの定食を注文。友人はチキンの南蛮漬け定食。味についての話はしなかった。私も特にしたいと思わなかった。したのは昼のビールの話。ビール飲もうかと言われて、断ったのだ。もっとも結局この店にビールはなかったのだけど。しかしビールを断るって自分らしくない、歳のせいだな、と妙に感心して今朝になってその理由が分かった。やはり風邪だったのだ。

このところ気力がなかった。元々明るい性格ではないがますます暗かった。もっとも昨日の映画のように厭世気分を気取っているだけなのかもしれないが。もっともこれを気取りと思うこと自体がゆがんでいるのかもしれないが。そういえばキルケゴールの言葉の引用で「絶望」がdispairって初めて知ったのだから、絶望なんかしたことないのだ、きっと。で、ビールも飲めないとなると最悪…いや、新しい人生は酒と離れてこれからかも、の両方の気持ちでいたら、今朝の目覚めがすっきりしていた。ここ何日かなかった感覚。何しろ夜眠れなかったから。昨日色々話したりいい映画見たりで気分が良かったせいか、心と体は分けられませんと思いつつ起きて朝食は面倒で食べず昼は野菜の整理でチャーハンにして冷蔵庫を開けたらビールが冷えていた。珍しい。あると飲んでしまうのでストックがあること自体が珍しい。つまり体調不良で飲めずにいたのだ。で、これをチャーハン食べながら飲み、鈍感で風邪についてきちんと自覚していなかったことに気付いた。昨日の映画の始まりは「実存主義者はどん底まで気付かない」みたいな言葉からだった。実存主義とは関係ないが、底まで気付かないって、まあ、自分の風邪くらいならいいけど、もっと大きなことだと恐ろしいな。


by kienlen | 2016-08-29 13:36 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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