2007年 07月 15日 ( 3 )

『ナショナリズムという迷宮-ラスプーチンかく語りき』

標題の本を読み終える。佐藤優と魚住昭の対談だ。書店で見つけて欲しい、でも予算が…で迷っていたものをこの間遂に買ったもの。特に高いわけじゃなくて1500円で発行元は朝日新聞社。佐藤優はどれも面白いけど、これもまた懇切丁寧な思想と現代の現象の解読本って感じで満足感ありありだった。ただ途中で投げ出したくなった局面もあった。だって、何だかんだ言ったって、お2人は勝ち組でしょ、みたいなひがみ根性かな。いや、この方々はそんな低次元で話しているわけじゃないし、そんな次元で自己言及しているわけでもないし、だからそれで止めたんじゃあ、無意味な自爆みたいなもんだし、負け組の固定化につながるので意地で読み進めることにした。と、なんと大げさな前フリであることか。ナショナリズムとかファシズムとか、新自由主義とか新保守主義とか、昨今の雑談にも出てくる割には、ホントに自分で理解してんのかい、と自問しているキーワードをここまで分かりやすく解説してくれることに涙が出るほどだった。しかも、茶化さずに面白い。例えば新自由主義と新保守主義の葛藤は、怪獣の対決に例えられる。ゴジラ対、ナントカ怪獣。

ホリエモンは貨幣である。貨幣が国家を超えると国家は困るから、あの事件になる。で、国家は官僚である。資本家も労働者も社会から生まれているが、官僚の出自は国家である。だからアレコレって、ホントはきっとすごく難しい話を優しく説明してくれる。これこそ、知識人の役割でしょ。知識人が知識人の役目を果たしえなくなった時にどうなるかって事も説明されている。最後まで読んで良かったのは、佐藤優の最後のフレーズをちゃんと読んだことかな。「…世の中、ろくでもないものしかない。国家だって民族だってろくなもんじゃない。しかし、ろくでもないもののなかをうまく歩いていかねばならない。繰り返しますが、重要なのは、絶対に正しいものはあるかもしれない。ただし、それは誰にとっても正しいものではなく、ある特定の集団にとっての正しいものであるにすぎないということ。そうした絶対に正しいものは複数あるんだと。あとは、私たちがその想像力をどこまで持てるかということだと思うんですけどね」。
by kienlen | 2007-07-15 21:38 | 読み物類 | Comments(2)

ヤキソバ食べてがんばったが予定変更

朝は少し残っていた仕事をした。息子が「ヤキソバ作るけど食べるか」と聞くから、残りご飯を食べない事に腹がたって「残りご飯食べるからいい」と断ると「それも入れるから」と言うので頼んだ。しばらくして仕事机に彼がこれを届けてくれた。
f0104169_1484091.jpg

ヤキソバの中に残りご飯が少し入ってる。私はこういう食べ物は好きじゃないのだが、人が作ってくれるのはありがたいし、何も食べてなくて空腹だったからいただいた。しかもケータリングサービス付きなのでパソコンの前でガツガツ。野菜の切り方とかもいい感じだし、さっきキッチンの音がうるさかったのは肉をたたく音だったのか、これもいい感じで入っている。それに美味しいのである。毎日作ってくれるとなおさらいいのだが、ま、贅沢は言えない。それに彼の問題は片付けをしない事で、汚いキッチンを見ると文句言いたくなるが、これも我慢。あまり言って作ることそのものをしなくなる方が困るからな。何を我慢して何を言うかの切り替えスイッチで脳が詰まりそうなのが親というものである。おかげで他に使う分の脳みそが減っている感じだ。それもお前のせいだぞ、息子。

韓国の舞踊のチケットを友人から2枚もらってあって、午後はそれに行かねば、と思っていたがどうしても気が進まない。会場も遠い。娘を連れて行こうと思っていたのに実家に行ってしまった。それでミスマッチは知りつつ友達に電話。「韓国の踊りのチケットあるんだけど、行かない?」「全然興味ない。チマチョゴリも好きじゃないし」「それは分かるけど、3000円もするのもらったんだし、もしかして韓国舞踊用のステージの絵を描いてくれって仕事がきた時に役立つでしょ」と説得を試みるが彼女は迷うことなく「その仕事断る」とまで言うのでどうしようもない。「ほら、Mさんだったらチマチョゴリ似合いそうでしょ、誘ってみれば」というご提案付きだ。そもそも韓国の出し物とチマチョゴリの関係も知らないっていうのに、ステレオタイプ会話もいいところだ。脈ナシなのでMさんに電話した。事情を話して誘ったら、今日は仕事でダメだったが「明日ご飯食べに行こうよ。稼いだから」と言う。彼女はこの間も、あんまり暗い私に「ま、飲みにでも行こうよ」と言うから「景気いいじゃん」と言うと「パチンコで稼ぐから連れて行く」と言う。それで私は周辺に「Mさんがパチンコで稼いで私を飲みに連れて行く」と言いふらした。でもその日は「すっちゃった」で実現せず、まるで私まで嘘つき状態。その後、再挑戦で儲かったんだそうだ。パチンコの技がある人はいいなあ。パチンコの腕を今から磨く自信なし、ううう、腕のいい人に頼る道しかないか。話がそれたけど、そんな話をしているうちに時間が過ぎてしまったので読書にする。
by kienlen | 2007-07-15 14:30 | その他雑感 | Comments(2)

思い出に頼ることで見えてくる事もある

生家は山間地にあって、家の裏は山、眼下は川で、畑も遠かったし、土蔵とか蚕室とか別棟がいくつかあったし、トイレも外だったから、子供の頃にトイレに行くのは怖かった。それに、母と提灯を下げて土蔵の戸締りに毎晩行った。今思うとなぜあんな事をしたのだろう。母屋にカギもかけないのに土蔵にかけるって。味噌や漬物はあったけど、あんな大きな樽を盗む人がいるんだろうか。車だって入って来られない場所だし、歩くには山だし、途中まで車としてもそもそも当時まだ珍しかった車を持てるような人が、味噌泥棒するだろうか。それで、ふと、母にとってしばし娘の手を引いて夜の庭を散歩するのが、大家族の中でのヨメという立場からのひと時の解放だったのかもしれないと思ったりもする。全くの想像でしかないが。ただ、私は夜に、中にはもっと暗闇が広がる土蔵の戸を閉めるという行為が恐ろしかった。それ以外にも、むろん外灯なんてある場所じゃないから、離れた町場の中学までバス通学して何かで遅くなると冬などは、バス停から真っ暗な夜道を1人で歩いて帰るのだから怖い。よく暗闇を彷徨する悪夢を見たものだ。

という思い出を引っ張り出してきたのは、母はまだ若かったから祖母かもしれないが、私が暗いトイレに行くのを怖がると「歳取ると不思議と怖くなくなるんだ」と言われたことを思い出したのだ。だから歳を取るということは、少しずつ恐怖からの解放されることであるようなイメージをその時から抱いていたのかもしれない。だから辛い事があると、どこかで「歳とれば楽になる」みたいな囁きが助けてくれるのだ。その後、これはもう大人になってからの事だが、妻の不貞というのはすごく多いのだという現実に気付いた。職場にも周囲にもたくさんだったから。その時に、不思議だったのは夫の方の態度である。態度っていっても私がみんなを直接知っているわけではないし、知っていても顔見知り程度だから、日々の行動に関してではなくて、妻を通じて感じられる妻への関心のレベルというか種類というか。だって、それでも平然と日常生活を営むってどういう事かな、ってのが当時の自分の内心だった。それで今思うとあれも自分が若かったせいかだろうか、と思う。やはり原点はあの暗闇にあるのだ。怖いなと思ってもトイレに行かなくちゃならないし、たまにばあちゃんが同行してくれたけど、こっちの恐怖心など関係なく、みんな平然と団欒して笑っていた。あそこで闇に吸い込まれた子がいたとしても、アレってなもんかもしれないな、と思って、その後、いやいや違う、もっと人との関係性というのは深いものなのだ、特に男女は、親子は、なんて思おうとして、それからも解放されていくのが年齢を重ねるということなんだろうか。なんでこんな思い出に浸っているかは別として…。
by kienlen | 2007-07-15 10:33 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る