思い込みを反省

思い込みをゼロにすることはできない。もしできたら、きっと物事を関連つけられなくなるだろう。そもそも、これはこうである、と定義するのだってある程度思い込みだろうし、それなしに何かを理解することも解釈することもできないだろう。でも、思い込みが過ぎるのは困る。これはこうあるべき、とか、そうなると先に進まないしお手上げ。そんな人とは付き合いたくないもんだ、と思うとかなり付き合いの範囲は狭くなる。という自分の思い込みの強さに気付かされたことが最近あった。事の発端はテープ起こしを頼まれたこと。やりたいです、と受けた。そしたらメディアがMDだった。弱ったなあ。MD再生機を持ってない。誰かに借りてテープに落とすか、なんとかなると思って受理した。しかしなんともならない。この際、MD再生機を買おうと思って量販店に行った。このところセカセカしているだけで収入には結びついていないどころか、持ち出しが多い。さらに今回も報酬以上の価格の機械を買うというのはいかがなものか。気が小さくなって買うのはやめて、持っていたら借りられそうな友達に電話した。

彼女も持っていない。ところが「アタシが買うから買っておいて」と気前がよろしい。それじゃあ、と店内に引き返す。小さな再生機に「録音」機能までついているのがあったから買った。カッコいいし小さいしなんて便利そうなんでしょう。ホクホクして早速取り掛かったが、とんでもないことに気付いた。一単語とか、ちょっとの巻き戻しができないのだ。マニュアルを見るが、音楽を聴くための道具以外の何物でもないことが分かる。こっちは音楽のことが頭にない。録音とあればインタビューの録音とか、そっちしか関心なし。でも、音楽を聴くのにそんなの関係ない。録音機能は機械を通じて他の音楽を取り込めるというだけのことだ。つまり私のイメージする仕事には全く使えないシロモノだった。そして問題は、目的が私と同様の友人にとっても価値は同じということ。私が誤解したのを彼女に買ってもらうわけにもいくまい。語学学習用にするか…。しかし…。結果的には彼女が買ってくれたのだが、何を見ても自分の都合のいいように思い込んでいたことを反省した。そもそも私が思い込むような用途はどう考えたって少数派であることを肝に命じて今後の参考にしたい。
by kienlen | 2008-10-22 18:16 | 仕事関係 | Comments(0)

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