ベトナム戦争の枯葉剤被害「花はどこへいった」

日曜日に100km近く離れた町のこじんまりした映画館で観たドキュメンタリー。この作品で初監督となった坂田雅子さんが、ベトナム戦争従軍経験のある夫がガンで亡くなった失意の中で理由を考えるうちに、ベトナムで浴びた枯葉剤が原因ではないかと思うようになり、ベトナムに行って枯葉剤被害について知ろうとしたのが製作のきっかけ、という説明から1人称で始まり、1人称のナレーションで説明を入れる私小説のようなドキュメンタリーだった。亡くなった夫というのは、10代でベトナム戦争に行った経験から国家への信頼を早々に失い、アジアの映像を欧米メディアに発表するフォトジャーナリストになる。雅子さんは京都大学の学生時代の学生運動の最中にこのグレッグと知り合ってパートナーとなる。枯葉剤の話しも聞き、リスクを考えて子どもは持たないと決める。製作の背景説明をした後で舞台はベトナムへ。被害者を探すのに難儀するかとの思いと違って病院にも施設にも村にも、枯葉剤、つまりダイオキシンの影響と考えられる奇形、障害を持った子たちがたくさんいることが分かり、医師や当事者や家族を取材していくのが主な部分。グレッグの友人、従軍経験者も証言者として登場する。

ベトナムの映画を観たことは2-3度くらいしかないと思うが、風景の美しすぎることに作為を感じてしまっていたが、このドキュメンタリーを観て、本当に美しいんだと自分の偏見を反省した。自然も美しいし、登場する人々も運命を受け入れて潔い。ただこうして潔くならざるを得ないところに悲しみがあることを感じて胸がつまる。監督は取材を続けるうちに「自分が癒されていった」とナレーションで語っていたけど、自助グループのようなものなのだろうかと思った。私はこういうところに個人的体験を超えた普遍性を感じるし、これを作品にしたということはそういう意味なのだろうと思ったが、ネットで検索してみたら「枯葉剤について告発せよ」みたいな意味の感想が割とあって、なるほど、それをもって物足りないと感じる人もいるのかと感じ入った。表現する人がどこに焦点を当てるかは選択だし、個性でもあると思うし、そこからどこまで何を想像するかはスクリーンのこちら側の範疇だと思うが、ちょうど種類は違うけど語りのない「靖国」と語りで説明のこれを間をあけずに見たことで対比になった。監督の自問の旅をそのまま撮影しているから安定感があるというか、とってもシンプルで分かりやすい。
by kienlen | 2008-08-13 08:55 | 映画類 | Comments(0)

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