『全身当事者主義』

蛍光塗料入りかと思うようなピンクの表紙の本が友人の本棚にあって、見たら雨宮処凛著のようで、持ち主の友人が「面白かったよ」と言うのもあって借りてきた本を今日読んだ。雨宮さんが森達也、三浦展、高遠菜穂子、月乃光司、松本哉、暗器使い、の諸氏と対談や鼎談しているもの。前から3人は読んだり見たりで知っているが、後ろの3人は今回初めての方々。何がびっくりしたって、壮絶ないじめ体験。そこまでの激しいのをそこまで継続的にどうして可能なのか…と思わずにいられなかった。きっとそこにマイナスの要因が集中してしまったんだろう。そして背筋がゾクゾクしたのは、この間の大量無差別殺人に至る心理状態がこれかと思うような発言のオンパレード。臨場感というか、想像できるのである。体験に基づいた発言ということもあって。

どういう資質で、どういう家庭環境で、どういう学校で、どういう友達で、どういう先生で、どういう事があって、どういう政治で、どういう社会で、どういう時代で、どういう巡り合わせで…で、それぞれの微妙なズレが大きな結果の違いを生むのだろうが、この雨宮さんの世代というのは、何かすごく重なっている痛々しさをいつも感じているが、今回もそうだった。感じている最中に昭和2年生まれの方と話した。ここはもう徴兵されるかどうかの分かれ目にいた人だから存在しているかしていないか。重ねてしみじみしての帰り道、友人から電話があった。「○○さん、亡くなったの」「えええ、じ…さ…つ?」「表向きは急病みたい…」。確か同じくらいの年齢だ。「なんか、分かるよねえ」「子供もいないし、生きる動機を維持するのって結構大変だよね」。つい最近も友人の友人という人が自殺したばかり。この本のサブタイトルは「死んでたまるか戦略会議」。そうだ、そうだ。じゃあ、酒控えようと思うでもなく、なんか仕事の気分も失せて夕方からビール飲んでた。
by kienlen | 2008-08-01 23:36 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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