飲み屋の主人のウンチクと普遍性

どこで飲食するかはいつも迷う。その日は少し遠くから来る友人と夜に約束してあった。その人が約束の時間より遅れると連絡があって私はひどく空腹だったので、何度か行っているうちに知り合いになった上海出身の女性がやっている店に先に行ったら満席だった。どうしようと思っているところに遅れていた連れから連絡。どこにするかで迷った末、連れがよく行くという小さな和食の店のカウンターに座る。まずはビール。主人が本日のお勧めを説明する。どれもこれも産地名を挙げて、いかにも今の時期の特別であって、この魚は藻を飲んでいてそれが旨いんだとかナントカいろいろ。日本酒のウンチクになったらもっともっと。この料理にはこの酒が合うというのも決めてくれる。私は、そういう人をとやかく言う気は毛頭ないし、自分のようなモノを知らない人間からするとモノ知りに一応の敬意は感じるけど、飲み屋の主人が、頼んでもいない客に対してあんまり言うのはうっとうしく感じてしまう。「アタシはそこまで味分からない」と言ってみるが、そんな異端は許さない雰囲気。そして「酔うために酒を飲むのはよくない」だの「蒸留酒は悪くて日本酒はいい」だの「酒を飲む時はただ飲むんじゃなくて作った人に想いを馳せる心がなくてはいけない」だの、当方はちくちく抵抗したつもりなのにエスカレートするばかりだ。

どれもこれも高級品ばかりなのはもちろん。飲む相手によって「今日はカネかかるな」と覚悟する時はあってこの日もそうだったが、それにしても説教されて大金を払うのはゴメンだ。私は毎日飲むからその日が特別な酒の日ではないし、自分の適量以上には飲まない。何もかも充分だったし、自家栽培きゅうりを出してきて「こうした方が旨い」と手で折って味噌と出された時には、もう充分だと思った。それが旨いことは子供の時から知っているから、今さらここで教えてもらわなくていい。気分が悪くなって先に失礼することにした。結局友人も帰ることになったのだが、それから考え込んでしまった。料理はどれも素材の味を生かすものだからごくシンプルだ。タイ料理に付き物のタレなんかあり得ない。もちろん私にも分かる美味しさではあった。でも、料理の腕を自慢するんじゃなくて、素材の自慢と酒の自慢であそこまで語るのは面白いなって。それがまだ頭にある今日『中国語はおもしろい』という本を読み始めたらなるほどと思うくだりがあった。良し悪しではなくて中国は文明で日本は文化というくだり。つまり普遍か否か。材料にこだわる日本食は入手できない所での再現はムリだが、中国料理はどこでも美味しい、と。おお実感。
by kienlen | 2008-07-27 17:24 | その他雑感 | Comments(0)

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