小さな波と戯れる

複数品目で少量生産の日々だが、さらに整理しないとならないようだ。その場でできちゃうようなのは、特に意識することもないが、ある程度の期間継続的に気合入れないと立ちゆかないというのもある。そういうのが入る時は整理整頓がいるということになる。子供が小さい時だと真っ先に浮かぶのが子供だった。誰に預けるかとか誰を呼ぶかとか、しばらく忙しいのだ宣言をどう言うかとか。で、気付いたらそれがなくなっていた。今だって「今月は夜の外出が多いから頼むよ」と自分は気合入れて言っているつもりが「ふうん」でおしまい。息子なんか反応もない。完全に他人事。昨夜も夕食を食べ損ねて空腹だったから、出先からそのまま夫の店に寄ってタイのおかゆを食べていたところに娘から電話があった。「夕飯食べられなかったからパパの店で食べてから帰るから」と、今までの癖で言い訳がましく言うと「そんなこといいんだけどね…」と別の用事だった。こっちの帰宅時間など気にしてないようである。

よってこの種の身辺整理はいらなくなった。あとは自分の問題になる。これまでの人生、私の場合は成り行きを優先してきた。何かが複数降りかかって同時に選べない時だけは一応迷うが、そんな幸運はほとんどないし、自分自身は開拓者のようなタイプじゃないから自分から切り開くというんじゃないし、かといって追従的なのも性に合うとも思えないので、その場その場のご縁に任せてきた。ほとんどすべてがこの調子だから努力は不足しているし執念みたいなのも不足だし、人として補うべき要素はたくさんあるのだろうが、逆に考えるとこれが意外にしぶといような気もする。まあ、飽きずに生きるには、というのが最大のテーマだからしぶとくなかったら困ったことになる。ああ、何をブツブツ言っているのだ。この間の格差の講演を聞いた時に積年の疑問が少し溶けた気がしたのだった。つまり希望格差とかいう問題。希望がないといけないんだろうか。自分なりの何かは必要だろうけど、それよりも生まれたからには生きるのは義務であると考えるよりしょうがないと思う。希望を持たなければ絶望はないんだし、と若い頃に意識した時点でこういうことになったのだな。これは寂しいことなんだろうか、いつものように分からない。昨夜で夜の遠出仕事はおしまい。これは結構負担になっていたから、この分のエネルギーを別に振り向けられるぞという程度の希望は持たないとな。
by kienlen | 2008-07-15 08:46 | 仕事関係 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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