『戦後政治家暴言録』

中公新書ラクレでこういうタイトルだと触手が動かないが、保阪正康著だったから読んだら期待以上の面白さだった。政治家の「失言」はよく騒ぎになっているが、いつも不満なのは、言葉を発するにはそれなりの考えがあるわけだし、ましてや政治家なんだから、お騒がせしたという理由で謝っておしまいとか辞任しておしまいにさせちゃうのってあんまりじゃないか、ちゃんとその失言に至るまでの経緯や状況を知りたいなということ。で、この本はそういう期待にしっかり応えてくれるものだった。歴史的な動きの中で言論を位置づけて、当時の社会状況とその政治家の思想的バックグラウンドも盛り込んでスリリングというか納得できる解釈になっている。大雑把な流れの掴み方はこういうことになっている。つまり、言論にはオモテの言論とウラの言論があって、戦前のオモテの言論が戦後はウラの言論に逆転するわけだが、時々ウラの言論が浮上してきちゃうのが暴言や失言になるということ。出だしは小泉の言論を分析していくと、東條に似ているというあたりの危惧から。危惧には他にも重要なのがあって、それがつまり、以前だったら暴言で大騒ぎになるものが揶揄程度で済むようになってしまった点。それがアパシーにつながっているという指摘になっている。ウラ言論を支える地盤が育っていると。

俎上に乗っているのは有名な失言が中心で、ああアレと覚えているのも多い。それを時系列に整列させているから、暴言からみる日本の政治史の趣になっている。最後には年表付き。大学のゼミのテキストなんかにしたら良さげ。まずオモテの言論とウラ言論についての解説、そして終戦直後の政治の中心人物は戦前の官僚だったからということで「戦前の官僚体質の残る発言」という観点からくくっている。著者はマスコミや世間の反応を紹介しつつ独自の解釈を加えていて、当時のこの背景ではこの暴言もある意味筋が通っているのだということを教えてくれる。余談みたいだけど、それにしても男女共学がここまで問題になっていたのがたかだか50年前で、その後もこの流れは脈々と続いているあたりは、女に問題抱えた人物が政治家になっているんかとも思わせる。三章は「田中角栄以後、森善朗以前」、最後の四章が「小泉政権下の暴言・失言の怖さ」となっている。2005年の発行だからここまで。以後も読みたい!満足度高かった。
Commented by jun at 2008-07-06 23:50 x
愛すべき(?)政治屋さんの名前が出たので、久々に以前作った回文です。
第三章にある方。

 「森善朗 鮫の脳の 飲めさ 降ろしよりも」
(もりよしろおさめののうののめさおろしよりも)
 
 蛇足ながら、苦しい回文の作者の責として少し解説をさせて下さい。
 氏の失言は天然というか、政敵や記者へのサービスと疑いたくなる程ひどいもので、当時は「鮫の脳とナントカ」とか言われていました。
 またこの内閣は時代劇のように密室で生まれ、料亭好きも有名でした。自分が降ろされる空気にも鈍感で、まあ、飲めさ、という感じでした。以後の小泉政権下の失言、暴言、確信言は、もう何でもOKになったかのような状態で、実はこのための高度な地ならしの演技だったのか? まさか。 多くの政治家の自殺は演技では出来ない。
Commented by kienlen at 2008-07-10 11:27
junさん、居ながらにして回文を楽しませていただいており贅沢な気分です。なんて言っているような場合じゃないですね。この本でも森氏については大きく取り上げられていました。地ならしされた後じゃあ間に合わないというのがいろいろな現象になっていると思います。
by kienlen | 2008-07-04 18:04 | 読み物類 | Comments(2)

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