出自にどうこだわるかの問題

外国籍等児童生徒の日本語指導についての会議があった。出席者の大半は先生方。日本語教室の授業参観があって研究会があって分科会があった。こういう公の席でなくても、よく出てくるのがアイデンティティという言葉で、今日も出てきた。つまりナニ人かというアイデンティティが大切なのだ、という言い方で。そういえばバンコク在住時に子どもの保育園や学校をどうするかで見学に行っていた時にも言われたことがあったな。日本の保育園に入れようとした時だったか「お父さんがタイ人なんだからタイ人として育てないといけない」みたいな風に。バイリンガルの当事者でもある友達も似たようなことを言っていた。自分が苦労したせいだろうか。そんなことを思い出しながら話しを聞いていた。圧倒的に多いのか中国籍の子だが、関係する先生は「中国人である誇りを持たせたい」「自分のルーツを知ることが大切」と言う。それはそれでいいかもしれない。しかしそれだけでいいとも思えない。助言者という役割だった大学の先生が「アイデンティティをひとつの国にする必要がないという考えもある」と述べた。そりゃあそうだろうな、と当事者を家族に持つ自分としても思う。

娘が、クラスの子がシンガポールに行くからって1週間休んだ、という報告をした。目的については知らない。「遊びかもしれないけど、もしかしたら親の出張についていったのかもしれないし、シンガポールで生まれたか、小さい時いたかもしれないよね」と私は言ったが不明。それはどうでもいいのだが娘が「タイに行ったことがあるって自慢なんだよ」と言うから「行ったことあるって、アナタ、タイで生まれているんでしょ」と言ったがピンときてない。偶然我が家はアイデンティティにこだわる人がいない。私は当人がナニ人である意識をもとうが好きにすればいいと思うし、それで悩むのも悩むでしょうがないと思うし、夫もタイ人をあえて意識させようという気もなければ隠す気もない。でも多分当人たちは今のところ日本人であるとしか思っていないとは思う。そもそも日本語しかできないし。この点も母国語を大切にみたいな言い方をする人もいる。教育現場では今も母国語という言い方をしているんだ、というのも珍しかったが、母語と言うと、ウチは母語は日本語かい、母国語はタイ語かいって、専門的にはどこに入るのかよく分からない。「タイ人だって民族学校を作るべき」みたいに韓国人に言われたこともあった。そういうこだわりが争いを招く面もあると思うけど、かといってマイノリティが主張しないと飲み込まれるということになるかもしれないし、また当事者のレベルで考えるかもっと広く考えるかでも違うしな。いろいろ考えた会だった。
Commented at 2008-07-05 13:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by kienlen | 2008-06-19 20:43 | タイ人・外国人 | Comments(1)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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