『「超」文章法-伝えたいことをどう書くか』

読書の時間がない。それなのにこの本を半ば義務感で読み切らねばと思って努力した。努力したが身が入らず、当然身につかない。なんだか一応目を通したような…というところだ。昔、まだ日本に戻ったばかりの頃に、当時友人だった人から「だぶって買ったから」と『「超」整理法』という本をもらった。くれた人はこの本を褒めていた。だから楽しみに読み始めて挫折した記憶だけはある。何が面白いのか分からなかった。著者は同じ野口悠紀雄さんという方。この人は私もよく名前を目にするくらい有名だし、超のシリーズがあるということは売れているということなんだろう。でも多分もう本を買うことはないと思う。何しろ全く読む気にならない。内容が高度でプロ向けのようにも感じるが、かといってごく基本的なことを強調したり、誰に向けているのか分からない。それと偉そうで、決め付けが多く、型通り、と感じてしまう。文章法というからには、内容がどうであれ化粧して着飾って踊って読ませてくれれば私なんか笑って楽しんでしまうタイプだが、おふざけはなくてマジメで、とにかく私にはムリな本であった。なんでこんなことをここまで強調するのか、かなりイライラしてしまった。

読書でこの種のイライラを覚えたことは初めてじゃないだろうか。私にとって好きになれない本のひとつは、いい加減な内容のもの。希薄な根拠を元に延々と語ってくれたりするヤツ。でもこのグループはある意味面白い。ここからここにどうつながるの、をあれこれ想像してみたり、それに少なくとも著者の情熱を感じるから「とにかくコレ買ってください」って押せ押せ営業マンの熱意を買って「まあじゃあ1個」と言う時のあの感じ。イメージ喚起効果はある。まあ、だからといって今の歳になっては時間がもったいないから避けるし、容易に避けられるものでもあり害は少ない。それと単純に読みにくいもの。つまり読ませようというサービス精神のないものは苦手。で、この本だが、隙間がないというか、バリヤだらけというか、排他的なのだ。文章は自由であってはいけないようで、緻密に、不自由である必要性を解説してくれている。印象としてはこういうパターン。まずご自身の前提を提示する→これはいけないと言う→だからこうしなさいと教える。こういうのは結構よくあって、私が特に苦手なもののひとつ。前提に疑いを抱いたらもうダメなのだ。なおこの場合の前提は経験、思い込みを一般化したもの。そういう面は多々あるだろうけど、世の中全部がそれであると言われてもなあと、そういう不快感に包まれたからもうサッパリ忘れたい。中公新書まで恨みたくなったぞ。現金1000円近く+時間損した。
Commented by jun at 2008-04-27 01:36 x
おっしゃる事、良く分かります。はっきり言って私は野口さんの記事などは横目で見て無視です。半分は、いらん嫉妬がありますが。有名になった「超整理法」は良かったですが。その頃(20年程前)は、山根一眞さんも似た本を出していて話題になりましたね。要は「角2」版の封筒に何でも入れて時系列に立てて並べる、というものですが、個人的には今だ活用しています。ただ、野口さんが優秀過ぎる元大蔵官僚という先入観が私から抜けず、不当に毛嫌いしています。
やはり、「超整理法」の時がピークだったのかなあ。
これも私のやっかみか。恥ずかしい。
自治会の組も超整理したいものです。来年は組長だ~。
Commented by kienlen at 2008-04-28 08:48
超整理法の頃は日本を脱出していたので時代状況等も実感としては分かりません。何かあの頃にあったんだろうなって気がします。いらん嫉妬をするほど近いお方なんでしょうか。もしかしてお知り合い?
Commented by jun at 2008-04-29 09:10 x
身の程を知らずに嫉妬もないのですが、知り合いでも何でもありません。ただ、自分なりに人を眺めていて、野口さんは異色でずっと最前線で活躍されてされていることに少し違和感をおぼえている、というだけなのですが。
渡辺淳一さんにも同様のものを感じます。飛躍してすみません。
by kienlen | 2008-04-26 18:24 | 読み物類 | Comments(3)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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