『質問力-話し上手はここがちがう』

古本屋で人と待ち合わせた時に偶然見つけてなんとなく買った。古本で250円。著者はかの有名な齋藤孝先生だが、有名な割には、私は初めて読んだ。ちくま文庫で2006年発行。と、こうして本題に入らずに足踏みしながら様子をうかがうか、いきなり本質に迫る質問でいくか、みたいな質問テクニックの本。最近この手の実用ハウツウ本を読むことが多くなっている気がするが、ありそうであんまり見かけないようなで結構面白かった。手法としては、対談本等、質問力の要求されるものを例に持ってきて分析して一般化して類型化するというスタイル。ここで問題にしているのは質問力だけだが、応答力というのも深く関係してくるわけなので、きっとこれを別々のテーマにすることでもう1冊書けるんだろうな。するとそこに触発力なんかがかかってくるだろから、それでまた1冊、という具合にいくらでも書けるんだろうな。なんてことはテーマとは関係ないが、そんな風に想像させてくれるだけでも楽しく実用的。

いつも学校に行くと感じることだが、質問力が養われる環境とは思えない。壇上に立って話す校長を始めとする先生方の話しは極度に非創造的である、ああ、私の経験した限りにおいて。私は場面をイメージしながら聞いたり話したり記憶したりする方なので、それが浮かんでこないと苦しい。これが自分のイメージの貧困なのかとも思うが、そういうことではなくて、答えを用意した上でのお話しなわけで、ハイハイ分かった、と思ってしまって場面展開の扉を閉ざされるわけだ。で、子供達も相当に退屈しているようであるのは、ウチの子の感想を聞いても想像できる。で、これを繰り返すとどうなるか。人の話しなんて当方の感情の飛翔を助けるのでもなく論理の展開を支援するのでもなく、粘土細工の成型作業みたいにペタペタと外部から押し付けられるものであるとの観念を植え付けられるとも予想できる。話すということへの不信感というか。もうひとつは立場性の不在で、どういう視点からそのお話しをなさっているのか分からない。で、それはそれで、モノが分かってない子供に対して働きかけるひとつの選択肢なのだとすれば、それを採用するしかないのかどうかということで、そのへんの苦悩を感じさせてくれると魂を感じるのだが、子供相手にそんなことしたら管理できないってことなのか、苦悩を感じない。なんて脱線も許してくれる本は壇上のお話しより楽しくなって受身で質問力は貧しいまんま。
by kienlen | 2008-04-16 11:30 | 読み物類 | Comments(0)

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