『貧困と愛国-フリーターの反乱をめぐる、世代をつなぐ異色の討論!』

事情があって人の買った本をたくさん読めることになってホクホクだったのに、時間だけを食う内職で時間が取れず。活動を始めてしまうと読めないから、最初に取り掛かったこれを読み終えてから起きた。雨宮処凛と佐高信の対談本で毎日新聞社刊で3月30日発行。購入日は31日だから到着したばかりの本だったんだ。どちらのお方も好きな部類に属する。45年生まれの佐高さんと75年生まれの雨宮さんとはちょうど親子くらいの年齢差ということになる。世代間格差が浮き彫りになるのは面白い。しかし…それにしても一体75年生まれ世代に何が起こっていたんだろうか。雨宮さんが社会に目を向けることになったのは阪神大震災、オウム事件などがきっかけだということ。私が困ってしまうのは、この大事件のあったころの日本社会がどうだったのかを体験してないことだ。当時はバンコクにいた。そしてこの事は今日の私自身にも影響を与えているのだと思う。

一体何が起こっていたんだろうか、と友人に話したら「小さいころに豊かで、ある価値観がそこで築かれ、そのままいけると思っていたら、なんとバブルは崩壊して雇用が流動化するという事態になった世代。さらに悪い事に親世代も豊かさを享受してきた世代」という分析だった。なるほど。前に読んだ本でも思ったが、雨宮さんの価値観崩壊の痛々しさを思うにつけ、そこまで確固たる価値観を育んだものは何であるのかが不思議だった。彼女は学校について、努力すれば成果が出ることを信じさせる場、のように言っているが、私らの世代にしたらヘエである。だって自分より勉強できない男子の方ができる顔して生徒会長になって女子は補佐役だし、担任も親も、私の希望職業に対して「女のやる仕事じゃない」で片付けたし、ド田舎から町の学校に入ったら勉強ついていけず田舎者のミジメさを味わい、だったら自分はどうするか的な逃げ道の準備を無意識のうちにもしていたような気がする。それが少し下になると、やればやっただけの成果や評価が得られるみたいに信じられる人が出てくる。ただこれを単に世代で語るのは乱暴だろう。個人の資質もあるんだろうし、家庭環境もあるだろうし、諸々。しかし世代はやっぱ大きいだろうな。で、佐高さんの方は、この年代のまさに「男」なのだな。だからこそちょうどいい感じでかみ合っているし、面白いし考えさせられるし基本的にはがんばれと思うし、私もフリーターでやっているわけで他人事ではないし…なのだが、すごく肝心な点での欠落感はぬぐえない。ただし目標が運動にあるのだから、欠落している方がいいものなのであるとは思う。いや、面白かったですけど。
by kienlen | 2008-04-03 23:38 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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