思い出して書く日曜日の1コマ

物理的に不可能な状況にあったわけでもないのに3日間もあけてしまった。それで3日分の記録だ。日曜日は、友人らが立ち上げた「多文化共生ネットワーク」というのの総会、シンポジウムに行った。前日車でS市に長距離運転したばかりだったので、さらに運転数時間はやめて電車にする。往復3時間。お昼の時間があったので別の友人に連絡。いつもと同じく突然だが付き合ってくれて、しかもそばをごちそうしてくれたから食後のお茶を私がもつ。しかしこのM市は、いつも思うのだが、そばが高い。いいそば粉を使っているといってももりそばで1000円はないような気がする。最低価格が1000円というそばをこのへんでは見かけないなあ。という余談を延々と書きたい気分なのは、そのシンポジウムに言及したくないからかもしれない。私自身は人に対しても物事に対してもなるべくポジティブな面を見出したい性格であると自分では思っているのだが、それでもがっくりくることは多々ある。その都度、少しだけ自分を責めたくなったりする。

その日も、すっきりしない気分で帰りの電車に乗ったところに主催者である友人から電話があった。感想を聞かれた。つまらないものを面白いとは言えないから正直に答えつつ「私に聞くとこういう言い方になるのは分かると思うから聞かない方がいいかも」とまで言うハメになる。ただ、つまらないだの面白いだので済むものかそうじゃないかが問題である。今回の場合はすまない部類に入ると感じた、だからすっきりしない。在住外国人の方々にシンポジストになってもらうという形式はよくある。司会の責任は重たいから、それは私もねぎらった。難しいと思うから。でも、自分の思い込みの方向に誘導するのはどうかと思うし、外国人と日本人という単純な括り方が頻出するのもどうかと思うし、制度上の不備が問題なのか個人的資質が大きいのか等、微妙な部分を大雑把なままに断定的に扱うのはひじょうに疑問だった。「日本人では考えられないこと」と司会者がたびたび口にした内容は日本人にも起こっていることである。外国人問題を議論する時の難しさは、それが外国人だからなのかを慎重に考えないとどっちのためにもならないと思っている。日頃自分が悩んでいることを簡単に扱われるのは虚しくなるという経験は誰にもあると思うが、そういう日だったな。
by kienlen | 2008-03-26 14:49 | タイ人・外国人 | Comments(0)

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