小学校にお別れ間近

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夫の店では、お客さんを惹き付ける各種工夫をすることなく淡々と営業している。本日のお勧めをホワイトボードに書く程度の努力はあってもいいのではないかと思って、小さいのを買ったのだが、私の努力もそこまでで、持参するように伝えたのに玄関脇に置きっぱなしになっていた。で、数日前、そこに何か書きこみがあるのに気付いた。タイ料理のメニューをここに書いてもしょうがないだろうと思って見たら、娘の落書きだった。「小学校楽しかったあ」としょっちゅう口にしているが、ホワイトボードでも宣言している。「あと☆日で卒業」の☆のところは、毎日カウントダウンしている。こういう細かさは息子にはあり得ない。で、しばらくして気付いたらパパからのメッセージもあった。「おめでとこさいます」と怪しい日本語が綴られている。

下の子が卒業というのはさすがに感慨深いものがある。でも、下の子だからなのか、自分の歳のせいなのかよく分からない。このところ歳を感じるのは体力や記憶力の衰えというよりは、過去や現在への興味が強くなったことによる。今朝、年上の友人から久々に電話があった。時間にもお金にも余裕がある層の人。「時間もカネもあるんだから社会貢献活動でもすればああ」と言うと「その通りなんだけどねえ、もうグループで何かやるのは人間関係面倒で懲りた」と言う。確かに彼女はボランティア歴が長いし、今も小さくやっている。人にそんな口を聞きながら自分がどうかというと、このグループ活動が苦手なものだから何もできずにいるわけだ。そして年齢の話しになる。「歳を感じるのはねえ、日常の雑事を面倒と感じなくなったの」と私は言った。どういう意味かというから「掃除とか料理とか仕事に関係ないことに時間かけるのが極端に嫌だったけど、最近何でも楽しめるようになった」と言うと一瞬絶句して「それがフツウだよ」と言う。「そうかなあ、つまり前ばかり見てきたけど前が短くなると、今を楽しむようになるんじゃないかな」と私。彼女も納得して「きゃあ、かわいそう」と言うが、そういうんでもない。元気な年上の友と話すのは楽しいが、境遇が違い過ぎて自分の生き方のモデルにはならないのが残念だ。モデルのあった時代はあったんだろうか。
by kienlen | 2008-03-12 20:28 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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