娘の緊張と自分の鈍感さ

雪だったりみぞれだったり止んだりと、どんよりした土曜日だ。睡眠は充分取ったのに瞼が重たい。息子が卒業式の学校を「だるい」で休み、娘は週末の住処みたいになっている山の実家へ。地区行事が午前中にあったため、昨夜だったら間に合った祖父の迎えの車に乗れず、私が送っていくか、祖父が再び迎えに来るかと話しているうちに、バスで行く方が無駄にならないという結論に達した。娘当人のアイデアである。当人にとって、1人でバスに乗るというのは初めての経験。こっちは駅まで送り、あっちはバス停まで迎えに来るのだから特に心配もないが「緊張する」と言っていた。実際、もしもバス停を間違えたら、どこもかしこも人の気配のない場所であることは不安点である。それで「もし乗り過ごしたらあせって途中で降りてはいけない。終点の町まで行けば人もいるし電話もあるから」というのだけは言い聞かせておく。そういえば息子が娘の年齢の頃にバスで行こうとして、バス停の名前を聞き間違えてとんでもない場所で降りてしまったことがある。大雪の中を歩いてなんとかコンビニにたどり着いて電話してきたので迎えに行った。幸いトンネル内を歩いたから雪に埋もれずに済んだが排気ガスは相当吸い込んだようだ。

緊張というのは若い時ならではなんだろうな、と思ってなつかしくなったりする。ここまでくると、初めての事に直面したとしても、結局は過去の経験のかけらを再編成すれば間に合うことが多い。足りない部分は鈍感さと少々の想像力で補う。さっき友人に聞きたいことがあって電話したら、大きく依存していた仕事先の発注が減りそうなので困ったと言っていた。そこは私も関係する会社であるから困るのは同じなのだが、仕事量がまるで違う。それから「あそこも危ないし、あっちも危ないし」という話しになって、会話も心もまたまた本日のお天気状態。今年に入ってから無意味に元気があったような気がして、その期間も2か月の長期にわたっているが、ここにきてダウンか。しかし、この程度は既視感と共に見ることができる。そうだな、ちょうど2年前に私は、比較するのもおかしいが、もっとヒドイ状況に陥った。根こそぎだったから。でもそこから学んだものは大きい。不確実性の中で怖いのは、荒んだ気持ちが荒れ狂うことだろう。気持ちだけじゃあ生きられないが、か弱い手をつなぎあって何とかなる部分だってあるかもしれないしね、なんて言う時間はなかったが。明日までに細かいのを片付けて来週に備えることにする。その先はまた分からないけど。
by kienlen | 2008-03-01 14:29 | 仕事関係 | Comments(0)

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