手放し絶賛『となり町戦争』

昨夜、夫の店に行ったらいつものお客さんがカウンターで飲み食いしていた。カウンターには皿やコップの他にタイ語の本とICレコーダー。夫にタイ語を吹き込んでもらって勉強するという決意表明をしながら「ヤバイですよ。これでタイ語は今年中に覚えちゃう」と彼。私は連れの友達とテーブル席に座った。そのお客さんが持参したレコーダーに刺激されて、友達もバッグから似たようなレコーダーを取り出して耳を近づけた。「これ私の声だから、過去にこういう事を話したのは現実なのに何も覚えてない。どっちが現実なんだろう」と言う。どっちも現実なんでしょう。自分にとってのリアルと同じ場を共有したとしても、その人にとってのリアルと天からの視点のようなリアルはそれぞれ異なっているんじゃないでしょうか、なんて話しをしながら来店予定の3人を待つ。なかなか来ないから友達が貸してくれた本の続きを読んだ。それがこれだ。もう大傑作。小説から遠ざかって久しいことが人生にとっての損失をいかに大きくしているかに気付いて、これから小説を読もうと決める。ただし買っているとキリがないので図書館利用とする。自分では探せない類の本を貸してもらうというのは世界が広がる楽しみがある。前に恩田睦を知った時もそう感じた。奥田英朗だってきっかけはそうだった。小説すばる新人賞受賞作とかで、結構売れているような帯のキャッチであるが、全然知りませんでした。三崎亜記著。

「となり町との戦争がはじまる。」が出だしの文章。お知らせは広報紙で。いきなり凄い。小説って若い頃に読んだきりといっても過言ではないくらいなもんで、年齢的にいい大人になってからはミステリー以外にはあんまり読んでないからそれなりの感想しか持てないのが惜しい。それには在タイの影響も大きい。手に入る本って限られていて、友達の蔵書の森瑤子を「日本にいたらまず読まないよなあ」と思いながら、しょうがなく読んだりで。よって、小説に関しての引き出しが乏しい。そこで感情の引き出しだけを開けてみると、このような小説は大好き。ひとつは、私が心理描写を好まない点にあると思う。それと、リアルの種類についての今の時代をいい具合に反映しているから。何が日常で何が非日常で、何が現実で何が幻想か、そういったものがブラックなメタファーの中でうまく形を与えられている。戦争の本質ってこれだ、と私にはリアルであった。それと官僚とは何かなど寒々と笑える。言葉で説明しがたい実に鋭い一撃にあふれた本だったな。そこに別世界が出現しているという距離感ではなくて、確かに今のここじゃないけど、次の瞬間にはここになっているかも、って距離感が現実味にあふれている。スゴイ本だった。こうなったらしばらく小説にしよう、と思いつつ、何を選んだらいいんだ。
by kienlen | 2008-02-10 16:18 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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