部活の送迎と焼肉定食と挨拶言葉

降雪の日。息子は隣市の高校でバレーの練習試合があると言っていたがどうやって行くのだろうかと思っていたら朝食の席で、尋ねもしないのに「パパに送ってもらう」と言う。昨日は新しい自転車を私が買ってやった。その前に小遣いは父親からもらう。そして送迎なんかも父親に頼むことが多いようである。ウチは両親の方針が一致するしない以前に、方針に関しての話し合いもないので、子供からするとこの課題はどっちに振ったら労少なく効果的かという判断が働くようになって然りである。「あ、そう。でもパパは昨夜も遅かったし、疲れていて大変そうだったら私が送るから聞いてきて」と言うとすぐに寝室に行ってすぐに戻って「大変だって」と言う。本当に聞いてきたのかどうか知らないが、今日は追いつめられている仕事もないし送ることにする。贅沢三昧の現代っ子である。「駅まで徒歩30分なんだから次からは電車で行って」と車の中でご注進申し上げるが、はいはいと言うだけで実行に向けての覚悟のようなものは伝わってこない。夫はといえばずっと眠りっぱなしで迎えも自分が行った。帰路にお気に入りの食堂があることは知っていて、そこはご飯もみそ汁もお替り自由だから行きたいと息子が言う。いっそう腹が減る部活の後にはぴったりだからと。通常の計画性は皆無だが、こういうことは筋道が浮かぶようだ。

この店は4歳で日本に来た息子も何度も行ったことがある。タイ人の妻のいるオーナーの息子がウチの息子と1歳違いで今年が高校入試のはず。息子が行くのは2年か3年ぶりのことだ。小さい頃を知っている従業員の女性が「面影があるね」と言いオーナーは「お、いい男になったな」とVサインをする。何か言われるたびに「ありがとございます」と答える息子。焼肉定食を注文してご飯を3杯食べてみそ汁を2杯飲んでキャベツを1回お替りした。運んでもらうたびに「ありがとございます」。小学生の頃からスポーツをやっているせいか形式的な挨拶だけはできる。条件反射のようなものであって心は感じられない。息子の挨拶を外部で聞くたびにそう思う。ちなみに内部では挨拶はしていない。そういえば挨拶の美徳を説く流れの方々と「心」を重視する流れの方々は同類のように私には感じられるのだが、この点は矛盾しないのだろうか。挨拶も大切だけど、何かその後にひと言オリジナルな言語が欲しいのである。挨拶言葉だけで終わらせない運動を挨拶運動の後に展開できないものか。息子の食欲を見ながらそんなことを考えた。
by kienlen | 2008-02-03 22:38 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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