「サラエボの花」を見た

ずっと遠出続きで更新できずに残念。今は福島県から帰ったところだ。1000キロ近くを1人で運転した。その前日の遠出は東京で、主たる目的は「サラエボの花」を見ることだった。ボスニア紛争の深い傷を12年後に、ひじょうに抑制されたタッチで描いたもの。これは期待もしたが、裏切られることはなかった。素晴らしかった。若い女性監督が言っているテーマは「愛」なのだが、愛が何かがよく分かっていない自分としては、大きなテーマは戦争ということで見た。そう見ても間違いではないと思う。ただ戦争映画に伴う戦闘シーンも銃撃も爆撃も迷彩服も何もない。暴力のない世界を理想としている身には、よって不快感のない映画だった。フツウだったら「あ、ここで暴力、目を閉じよう」とドキっとする場面で予定調和的展開にならず、ありがたく期待を裏切ってくれる連続だった。監督の力量を感じた。いやあ、良かった。

ここまで凄惨な体験でなくとも、母親なら悉く身につまされる内容で、娘に立場を変えてもそうで、それを家族に広げてもそうであろうと思われるから、その意味では普遍的、そう愛がテーマなのだろう。主人公は母と娘。影のある母と明るい娘。2人で仲良く暮らしているのだが、母の苦悩は深い。まず今が貧乏である。娘の修学旅行の費用の捻出が当面の課題だ。バーで働くことにするのだが、男の客がホステスに絡みつくのを見ては吐気で精神安定剤を飲む。理由は自分の過去である。娘の父親はセルビア軍兵士で、それは民族浄化の名の元に実行されたおぞましいレイプの加害者である。ただこの映画はよくありがちな回想のシーンはなくひたすら現在が舞台であり、事情を知らない娘の現代っ子ぶりが母の影をいっそう黒くする。これがたった10年そこそこ前の出来事なのだ。今の世相から感じるに、2度と繰り返されないという確信がもてない。それでも希望はあると信じていこうと前向きにもなれる傑作だった。旧ユーゴースラビアのあたりの事情は知識が乏しいので、映画を見ても理解が難しいが、その点でこれはテーマを愛に収斂させることで他の面も分かりやすくなっているように感じた。良かった。必見。
by kienlen | 2008-02-02 00:45 | 映画類 | Comments(0)

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