いろいろな人に会った日だった

ひとつ小さな仕事を片付けた。こんな事を宣言しなければならないほど行き詰っていた。カネなし、地位なし、美貌なし、ノウナシ、それでアイデアもなしだったら四方八方ふさがりだ。体力も衰えている。そういう塞がり感の中にいる場合、小さくてもいいから空気穴を開けることである。そうじゃないと壁がどんどん厚くなる。眼前で見る見る厚くなっていくという気がする。よって、この小さな仕事は意義がある。ただ、それで次のも終わった気分になってまた閉じこもったら危険なのであるが、つい忘年会の誘いを受けてしまった。こんな自分を誘ってくれる人がいるということのありがたさが身に染みるからだ。今日しかないかもしれない、今年限りかもしれない、と思うと何もかもがいとおしくなる。でもおかげで仕事は延びる。これでいいわけはない。結局のところ、得意の逃避に言い訳を貼り付けているのが、誘われてありがたい論の正体ということになる。

今日は午後から外出した。報告会という名前の、会議というかなんというか正体不明な1時間半を過ごさせていただき勉強になった。参集者合計4人。会場は某団体の会議室。男1人に女3人。男は組織人で女の事情は各自複雑という構成。あれをやりたい、これをやりたいという話しになる。そういう物言いを聞いていると、やりたければやればいいのに、と思う。ナイナイ尽くしの私らからしたら、何もかも揃っている。経済的基盤、一般的な社会的正当性等々。まあしかし本当のところは何もしたくないのだろう。言い訳しながら時をやり過ごせば、いずれ異動があったり定年があったり。それまでの時間稼ぎに貢献するためのしばしのお付き合いってところだろうか。眩暈にも似た感覚のまま帰宅したんじゃあ次に取り掛かれないから、雑貨屋に行ってバンブーの間仕切りなんか買ってしまった。こちら側には壁を作りたい欲求の無意識の表れか。そして夜は忘年会へ。異文化接触の多い日だった。
Commented by mmmm at 2007-12-28 00:10 x
「美貌なし」ですか?このブログの作者らしくないコメントですね(笑)
やはり「女」とカテゴライズされる人間は、男に比して容貌問題は、日本社会限定で観察しても大きいと思う。男社会でのしあがっている女の中には、「美貌」「かわいらしさ」で明らかに得している人もいる。女本人も意識して「利用できるものは利用しない」となどと話すものもいて興味深いというか恐ろしいというか。男で容貌で得しているひと・損している人は、女に比べてそんなにいないのではないか?容貌の男女の非対称性はそう簡単に片付くものではなく、だからこそ考えるに値するのだ。
Commented by kienlen at 2007-12-29 13:18
mmmmさん、コメントありがとうございます。男女問わず容貌の影響は大きいと思います。そこを「作者らしくない」と(笑)付きでもおっしゃられると、誤解じゃないかな、って気がしますね。文化資本であれ経済資本であれ皆さん利用しているわけで、容姿資本も利用すればいいんじゃないですか。これって絶対基準がないだけに案外平等かもね、って思ったりしますけど。あ、これを言うと「美貌」という言葉と矛盾するとか言われるかも…。これ、日記なのでそこまで厳しく追求しないで下さいませね…。以上、ちょっとジェンダー利用。
Commented by 雹湖 at 2008-01-01 22:31 x
何だかすごい(ひどい)会議でしたね。でも、世の中の在り様の一部を見つけたのはそれ相応の収穫かもしれませんよね。
「容貌論」に発展、こちらもすごいですね。私も「(どちらかと言えばそれを)利用している」派の一人として、男性の容貌への要望も少なからずあり、と感じますが。「髪の毛が多い・少ない」とか「年寄り・若い」、「背が高い・低い」「体重が重い・軽い」とか、結構尺度が多いです。あと、「体力がある・なし(ありそう・なさそう)」も、大きなウエイトを占めていると思います。男女ともに、ビジュアルって想像以上にものさしとなっている現実は否定できないと思いますよ。
Commented by kienlen at 2008-01-02 10:35
会議についてはその通りで勉強になりました。できればもっと役立つ勉強したいけど。男女共ビジュアルのウエイト大きいのも言うまでもないと思ってます。男性の場合、色が黒いとか痩せ過ぎでないとか声が低いとかの要望ありますが、あ、声は容貌と違いますか。それに私の要望が何だっていうんだ。趣旨からずれました。
by kienlen | 2007-12-26 22:29 | 仕事関係 | Comments(4)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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