日本人の印象は優しくて冷たい

ニューカレドニア生まれでアメリカとオーストラリアと日本で育ったJさんと、ブラジル生まれで小学校2年の年齢で日本に来たYさんと、この間雑談していた。いずれも私の子供であっても不思議じゃない年代の方々で、いずれも父母共日本人なので、血統は日本人。2人に、当時に遡っての日本の印象を聞いたら奇しくも全く同じことを言う。「表面すごく優しいけど、なんとも言えない冷たさ」って。どういう意味かなあと思って尋ねたけど説明は難しいらしい。「もう日本に長くて僕も同じになったから分からない」とJさんはニタニタ。優しくて冷たいねえ、と、それからずっと考え込んでいたら、今日会った台湾人のNさんが、全く同じ印象を語るのでびっくりしてしまった。誰だって優しい面もあれば冷たい面もある、というのと何か異質なものがあるのだろうか。それとも、どこかでこういう日本人論が流行っているのかもしれない。外国人が日本について語る場合、その根拠がテレビドラマだったり本だったりするから、その人のオリジナルな感想なのかどうかは結構怪しいのである。

Nさんも、日本語学校の先生からの影響も強いようだった。でもやはり何かしら強烈な印象となっているのだろう。どうやら本音と建前という二面性が関係しているようでもある。しかし、これはJさんとの話しにも出たのだが、こういう二面性のない文化なんて多分ないだろうし、種類は違ってもいずこも本音と建前があるに違いない。きっと、本音と建前の種類がもしかしたら何か日本に独特のものがあるのかもしれない。実は私はこういう分析は苦手だ。自分自身に、建前、つまり何か繕わなければいけないという発想に乏しいからである。隠し事というのは本音と建前とは別物だろうしなあ。それで思うのだが、日本の人って気遣いとか気働きに割くエネルギーが大きすぎるんじゃないだろうか。「察する」とか「言わなくても分かる」が美徳とされる。それでそうあろうと努める。日本人同士だと、相手がそうあろうとしていることに対してのさらなる気遣いがあるから、気遣いのしがいがあるが、外国人がそこまで分かるかっていったら、とてもじゃないが分かると思えない。すると「ここまで気遣っているのに分かんないの」とどっかで思ってしまって、なんともいえない冷たさが漂うのである。と、勝手に察してみる私はやはり優しく冷たい日本人なんだな。
by kienlen | 2007-11-13 15:10 | タイ人・外国人 | Comments(0)

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