久々の映画は『エディット・ピアフ』

しばらく映画を見てなかった。で、木曜日の午前中にこれを見に行った。友人2人がべた褒めだったことと、それを聞く前から、これは見ようかと思っていたのもある。外出続きだが木曜日はあいていたのもある。昔の男友達にシャンソン好きがいて、暗いクラブに聴きに行ったことがあった。あの頃はシャンソンが流行っていたんだろうか。その頃に聴いた、自殺者が続発したという「暗い日曜日」を、いつの頃からかエディット・ピアフの歌だと思い込んでいて、映画を見ながら「あれを歌ってくれ、聴きたい」」と念じていたのだが、よく考えてみたらあれは確かダリダだった、誤解だった。映画はとっても良かった。若い友人が「良かった」と呆然としていたのは理解できる。すごい映画だった。なんというか動物的というんだろうか。ここまで裸の生き方を前に何が言えるか!と他人事ながら叫びたくなった。ウオールストリートかなんかのエリートビジネスマンの苦悩なんかがテーマだと「そんなに悩むんならやめちゃえば、そんな生き方」と心底思うが、このピアフに向かって「そんな生き方」と言ったら死を意味するというギリギリのところだから、こういうのを「心を揺さぶられる」っていうんだろうと思った。紋切り型の表現にぴったりする事態に遭遇するって何か嬉しいものだと、これまた妙な感動もあった。

つまり私はウオールストリートストーリー(これも思い込みであるが)よりも、単純な意味でのストリートの生き方に感動するわけである。路上で泣いているピアフの幼少時の様子から映画は始まり、時空を行き来しながら話しは展開していく。2時間半の長さだったが一瞬も退屈しなかった。物心つく頃は売春宿で、住み込みの売春婦達と一緒に暮らす。お姉さん達にかわいがられ、そのお姉さん達の涙も知る。それから大道芸人の父親と放浪し、自立する年齢になると路上で歌う。その歌声を見出されて国民的歌手になり、アメリカにも進出するが、強調されているのはピアフの内面の方だ。20世紀の初期はまだパリも貧しい。彼女に歌の才能がなかったらどんな風に生きたんだろうか。才能ばかりじゃなくてその時その時の出会いも。映画の中での晩年の様子は酒とモルヒネ漬けでヨレヨレだったが、まだ40代だったんだそうだ。才能と出会いがなかったらもっと長く生きたのかもしれないし、そんな事は分からないけど、とにかく私はずっと「運命」というものについて考えていた。
by kienlen | 2007-10-21 15:34 | 映画類 | Comments(0)

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