外出前に新聞を読んで

今日はこれからM市。いつも迷うが電車にする。これを機に合計1時間くらいは歩きたいものだと思う。とてつもない運動不足である。私が講読している新聞の今朝の一面トップは、小学生を面接で調査したところ、鬱病が予想以上にたくさんいた、という記事だった。鬱病にもなるだろうよ、って世の中だ。子供のいき場所はないし、価値観は知偏重に一元化されつつある。それが似合う子はいいだろうけど、どうじゃない子はたまらんだろうと、ウチにはその両方のタイプの子がいるので、目の前にサンプルを見ているようだ。とはいえ、知が似合わない息子も鬱病傾向は今のところないように見える。あるいは知的でないからならないのかもしれない。そこは素人には分からないけど、彼を見ているとある種の生きる術を蓄えてきていると思う。それはこっちから見ると重要問題の思考停止という術だ。家庭反省期間中の作文や会話を通じてよく分かったことは、彼の世界=眼前の世界ということである。深度はゼロで多少の横広がりがある程度。呆れて友人に話したら「子供の時なんかそうよお」と言われたが、子供の時から死について考え込んでいた自分には理解できない。それに子供っていうか、高校生だし。

「何かする時に、その行動がどういう事態を招くか、考えない?」と尋ねると「考えない」「例えば親が心配するんじゃないか、とかは?」「考えたことない」「ねえ、ねえ、じゃあ、何を基準に行動しているわけ???」「その時のことだけ」なのである。これはどっかの神経がぶ千切れているに違いない。実は私は自分もこういうタイプだと思い込んできたが、息子を見て自分なんてまだマシと思うようになった。しかし人を見ると、予定をしっかり立てているように見えてしまう。今になって「ええん、公務員と結婚すべきだった」と嘆くと「夫にするには無趣味で生活の安定した人が一番いいの、そんなの常識」などと言われる。考えたことなかった…。タイに行く時も「帰って仕事なくなる」と心配してくれる人がいた。考えなかった…。全く考えないといえば嘘になるが、それより眼前の感情を取る方だと思う。まあ、しかしそれらは小さな事である、子供を持つという選択に比べれば。こうしてみると息子の眼前主義は強化された遺伝かもしれない。
Commented by zaza at 2007-10-10 00:41 x
日系ブラジル人たちと、話していた時のこと。「日本人は先のことばかり心配して・・・。がんばりすぎ、武士みたい。楽しむことを知らない。」とさんざんな日本人評をもらったことがある。私はアリとキリギリスを思い出した。もちろん日本人はアリ。息子さん、アリの世界に生まれいでし、キリギリスではないのか?なんとなれば、アヒルの子のつもりが白鳥だったりして。生きる場所を変えれば全然、フツーなんじゃないかね。




Commented by kienlen at 2007-10-10 21:47
zazaさん、私もそう思います。そもそもタイ生まれなんですからアリになれるわけないとも思います。目指すはアリの気持ちが少しは分かるキリギリス程度にしときます。
by kienlen | 2007-10-09 10:55 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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