仕事と家庭の関係についてちょっと

息子の処分を決める会議に先立って担任から連絡があって「家庭反省になった場合家で見てもらうが、確かお母さんは家でお仕事でしたよね」と聞かれた。家でお仕事と言えば聞こえはいいし、私にとってもあこがれだが、今は外回りが多い。そのまんま肯定するのもためらわれて「どっちにしても両方自営業なので勤め人よりは融通がききますし、息子の件を最優先させます」ときっぱり言ったものの、それに気持ち的には本意なのだが、事はそう簡単じゃない。自営だから融通がきくという面はあると思うが、多分有給取ったり休暇の権利のある企業の方が自由度が高いように傍目には見える。何が困るって、1回1回が勝負みたいな私らは、その1回をないがしろにしたら次がないという強迫観念にかられてしまう。こっちが主体的になれる都合のいい仕事はそうそうないから、子供が順調な時に暇で、問題が起きた時に忙しくなることだってある。何しろ誰かに代わってもらえない。そこで昨日も本日も外出である。息子には、その間に気を抜くことなく学校の通りに学習することを申し渡しておく。いつもと違うのは、ちょっと早めに出て温泉に寄ろうなんてことは考えないことで、ギリギリの時間まで家で粘って、事が済んだらひたすら帰る。それだけ。

それにしても仕事って何だろうと、いつも思う。よく「家庭を犠牲にしてまで…」とか「家庭優先」とか言うけど、こういう区別はできるものなのだろうか。優先順位をつけられるものでもないし、仮に家庭優先っていってもどういう意味だ。家庭の雑事があれば仕事を休むってことか。子供の学校行事のために仕事を休めば、それは子供優先なのだろうか。私には分からない。とりあえず私の場合は、どっちも大事である。違うのは、仕事は成果なり失敗なり分りやすいが、家庭にとってのそういうものは分りにくいってことだろう。手をかけたからどうなるか分らないし、手抜きしたからどうなるかも分らない。そうなるとどっちに転ぶかというと、成果の見える方にいきがちだ。で現代ときたら、自然と共にあるような不確実な仕事、なんというか本来的な仕事は減っていて、私もそうだが身体機能のごく一部しか使わないようなのが多い。するとのめりこみ方も深くなる。今日は雨で仕事にならん、という日がないわけで。で、子育ての方は不確実そのもの。でも、不確実そのものって思えるうちはまだマシかも。仕事や勉強の感覚で確実なものにしたくなったら、やっぱ恐ろしいことになるんだろう。で、そんな気配が社会に生まれているような気がする。
by kienlen | 2007-09-27 09:10 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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