知性の価値って何なんだろうと思った本

久しぶりに家で夕食を食べた。子供と会ったのも久しぶりな気がする。こんな生活はたまらない。ただ移動しているだけだ。本日は100キロ程度だからまだマシ。明日はその倍以上どころじゃない。寝不足での運転は怖いので、休める時には休もうと思って午後は本読みながらゴロゴロしていた。平日は毎日残業でヘトヘトになって週末休めればゴロゴロというサラリーマンはこんな感じなんだろうな、と思いながら。で、読んだのは宮崎哲弥『新書365冊』。タイトル通り、毎日1冊読めるだけの新書を紹介している厚い新書。この人は宮台真司との共著なんかは読んだことがあるし、雑誌でもちょこちょこ見かけるけど、書評とはいえ、ここまで長いのを読んだのは初めてだと思う。100ページくらいにさしかかった頃から、ああこの違和感は何だ、と胸が悪くなってきた。とにかく碩学、広い分野の知識が豊富で、それに関してはただただ感心するばかりなのだが、なんでこんなに偉そうなんだ、というのが爽快じゃない一因。まるで全知全能の神みたいな位置から見下しているみたいで謙虚さのかけらも感じられない。もっとも、評論するからには、謙虚じゃあ説得力がないのかな…、だったら正しいありようなのかもしれないが、個人的な好みとしては、好みじゃないが、何しろこれだけの新書のラインアップは貴重なのでありがたい本ではある。

16の分野に分けてbestとbetterとmoreと、そして最後worstという基準で評価しながら解説している。自分で読んだのがどれくらいあるかというと、たった数冊でしかない。しかしこの人は理性的というか、まあそれはいいのだが、というか、当たり前だが、情みたいなものは感じられない。都市的というか、理論的というか、理論に破綻のないことが最も価値のあることであり、それを突き詰めていくうちに世界が破綻しても、そっちは構わないんだろうな、とまで感じさせてくれる。で、そういう理に何の価値があるのかは、私はちょっと分からない。正義感みたいなものも感じられないし、言葉遊びとかゲーム感覚で思想をもてあそんでいるような気がしないでもない。それだけ優れた知性なんだろうけど、だからこういう知性の価値って本当に何なんだろう。昔やっていたパチンコの玉の動きみたいなイメージが浮かんできてしょうがなかった。釘の間を一見複雑そうに動き回って期待感を抱かせながら虚しく吸い込まれていく玉。友達に「ねえ、ねえ、宮崎哲弥って桜井よしこに似てない?」と大発見のように言ったら、まんざら笑うばかりでもなかった。ただ、私はテレビを見ないからテレビでの様子は知らないから、本だけの印象。
by kienlen | 2007-09-09 22:13 | 読み物類 | Comments(0)

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