もうちょっとツッコミが欲しい『リバタリアン宣言』

朝7時半から隣の家の解体作業音が響き渡り、地震のような揺れに襲われている。解体作業とはいえ、すでに家屋も樹齢何10年かと思われる庭木も撤去されているから、地ならしや片付け中心なのに、とにかくうるさい。私は音が苦手で音楽もあんまり聴かないくらいだから、辛いものがある。でも反対側の隣家の団欒の肉声よりは機械音の方が耳障りではない。こういう理屈じゃない五感って扱いがやっかいである。そんな状況下にある日に読むにはいい本だった。蔵研也『リバタリアン宣言』。「宣言」だから緻密であるよりは荒っぽくて威勢よくて、バックの重機音にも負けない勇ましさだった。これを見つけたのは駅前に割と最近できた古本屋で、発行が朝日新聞社ってのが新鮮だった。朝日とリバタリアンって、そういえば合うような合わないような…。新書だしやさしそうだし通常の半値だしで、買ってみた。実は読み始めて早々に挫折しそうになったが、学者の方なんだから、まさかこのままの勇ましさだけで駆け抜けるわけはないだろうから最後に期待しようと思って進んできた。そして最後は、それまでよりは解説的だったけど、やはり全体的にはもうちょっと突っ込んだ議論を読みたかったと感じた。

リバタリアンに関する本はこれが2冊目でしかないから、全然詳しくないけど、最初に読んだ森村進『自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門』がとっても面白くて興味を持った。両方とも新書で入門書だから比べたくなってしまう、蔵さんは経済学で森村さんは法哲学。年齢は11歳森村さんが上。蔵さんのは、リバタリアンにとっては年金制度も医療制度も義務教育制度も、とにかく国家の介入はアレもダメこれもダメと言って、その理由を述べるというスタイルで、森村さんのは、リバタリアニズムとは何か、から始まって、そこから見た権利や家族や親子や財政政策の問題を丁寧に解説している。大雑把に言うと、とにかく強制はゴメンである、その最たるものは国家の徴税を始めとする強制力であり、そもそもそれは不当である。国家の機能は外交や防衛など一部のみで充分で、それ以外は民の力ですべき、という考えであると思われる。頼んでもいないのにアレコレやるために税金取られるのはたまんない、ってこと。蔵さんのには具体的に触れてないのが不満だが、森村さんのは、絶対的貧困についてはどうするかという点にも言及していて現実的で、これを読んで、私はもしや隠れリバタリアンかもしれないって思った。
Commented by jun at 2007-08-11 17:09 x
「真夏日、生ビール出る日、学びつ、生。」
(マナツビナマビルデルヒマナビツナマ)回文(濁点等の違い有)

今日は38度位になったところもあったとか。この真夏日は、どこでも生が似合う日。そんな中でも、リバタリアンの解説に学びつ、もう一杯、生!
長野駅ビルのミドリに「laissez faire(レッセフェール)」というお店があるけど、響きはオシャレ。そういえば枡添要一はフランスの大学で政治学を教えていた若い頃はリベラルで、「財布は右に、ハートは左に」とか言っていたなあ。
Commented by kienlen at 2007-08-12 11:25
生ビール日和が続いてくれるおかげで、夜な夜な出歩いております。junさんのように回文を詠むわけでもなく、ただ彷徨っているだけ。財布とハートの置き場所があるのはいいけど、右と左って自分の位置を変えたらひっくりかえっちゃいますしねえ。欲深く自分で持っていることにしましょう。
by kienlen | 2007-08-11 15:12 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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