個人の仕事と組織の仕事と…

タイから戻って11年以上が過ぎた。当時4歳だった息子が高校生で、当時0歳だった娘は来年は中学生。そして自分は更年期。はあ、なんてこった。実は半年日本で暮らしたらバンコクに戻るつもりだったのに、ずるずると今に至っている。行く時も1年の予定で行って7年以上だからいい勝負だが、長さで判定すると日本の勝ちか。それでこれからどうするか、なのである。こういう浮き草のような心性をディアスポラと呼ぶ。いつもいつも覚悟を決められずに一時しのぎのような気持ちのままのくせに、子供がいるというのは、もうそれだけで矛盾を抱えているようなものだが、逆に言えば、子供が凧の糸役割、浮き草の仮の根っこ役割をしているともいえる。以上、真夏の夕の自省をせざるを得ないのは、少し覚悟決めなくちゃならんようだ、ってとこにいるからだ。全く思いがけない話で、組織に属して働かないか、という話が持ち上がっている。その場その場で無計画にやってきたから、物事の始まりはいつも青天の霹靂で、慣れているとはいえ、今回はその慣れだけじゃあ済まない状況の変化が予想される。

岐路に立たされた時の選択の基準は何かってことになると、人それぞれ自前の根拠があるんだろうけど、私の場合はもっぱら「ご縁」である。ご縁の真意を知っているわけじゃなくて、何にご縁を感じるかって程度。どうせ死ぬまで生きるだけなんだし、運命に逆らうよりは従った方がいい。これは保守思想なのか、いや保守は運命なんて言わずに伝統に従うのかな。そして、何か取ったら何かは失うのである。とはいえ私は物欲は強い方だと思わないけど、ある意味強欲なのである。最も大きな問題は、物事を自分のペースで進めたいタチであることだ。ただし小枠であるのが救い。大枠まで自分で決めたいとなると、ほとんど普通の社会生活を営むのは難しいと思われる。だからあくまで小枠でいいのだが、例えば仕事なら、やる気のある時にガガガとやって、やる気のない時はやりたくない、というか、できない。それが組織で通用するんだろうか。しないんだろうなあ。私だって勤め人生活は長かったので今更何を…ってところだが、今となると冒険に感じてしまったりもする。発想の転換は必要なんだが、仕事の内容を考えると発想の継続も必要ではある。ま、ともかくご縁、ご縁ってことにしてビールでも飲みに行こう。
by kienlen | 2007-08-10 18:09 | 仕事関係 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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