『「みんな」のバカ!-無責任になる構造』を読む

今朝読み終えた仲正昌樹の本がこれ。無意識のうちに使っている「みんな」という言葉は、よく考えると不思議である-というところから始まる。そもそもその「みんな」の中に自分は入るのか入らないのか-と続く。思想が専門の人なので、この「みんな」も思想の中に位置づけられて説かれていて、それについて思想が専門じゃない私がどこまで分かるかはおいておいて、楽しく読めた本だった。私が育った環境は生家も親戚の家も古い農家だったので、自分ちでも遊びに行った家でも、人目を盗んで引き出しをあけると何か面白いモノが入っている。その、何が出るか分からない楽しさ。みんな取り出して整理してしまうと、分かりやすいけどつまんないという、ああいう感じ。それと、私は仲正さんの本は好きなのである。その理由を考えてみると、個人的な事と、身近な出来事や事象と、それから思想家の思想の混ぜ方の具合がきっと好きなのだと思う。この本の場合だと、石川県の事情、勤務先の金沢大学の様子、法学部の様子、11年間統一教会に属していた事情なんかが、アクセントになっている。

「みんな」の中に自分が含まれるという感覚というのはどういうものだろうか。私はほとんどそういう手ごたえのようなものを感じた事がないので、そもそもそういう人がいるのかどうか分からないのだけど、例えば夫婦だとか親子だとか家族だとかいう関係については疑いなく自分を含む「みんな」と思えるだけでもあったかい気持ちになれるんだろうな。そういうのは想像はできる気がするが、会社とか何かの組織で「みんな」感を本気で持てるというのはかなりイメージしにくい。で、いったんそうなっちゃったら後戻りはできないでしょう、というのがこの本で述べられていることのひとつのようでもある。かつては「共同体」と呼べるものも大切な「みんな」だったわけだ。「みんな」をめぐる冒険譚みたいな本だった。私なんかがまとめることはできないけど、どこにいても所属感を得られない人のリラクゼーションになる本のようでもあった。
Commented by jun at 2007-08-08 21:44 x
[ん?みんな難民?」 ンミンナナンミン
久々のオヤジギャグ的駄洒落回文で失礼しました。
みんな、ドリンクをキーボードの上にひっくり返しませんでした?
それにしても毎日のように良書を読了されていることに今更さがら敬服します。ホント。
Commented by kienlen at 2007-08-09 00:35
ん?何のことかと過渡期の何?字足らずじゃない、字余りじゃない、不完全回文(怪文)でした。実のところ今、過渡期でして…。読書は安上がりの趣味で、つまり暇ってことですね。これからまた米原万里を読みます。
by kienlen | 2007-08-08 20:06 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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