東京地検特捜部についての章を読んで

田中森一『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』はまだ半分くらい。出だしは、著者がどうやら冤罪で有罪判決を受けたらしい、と思わせるところから始まり、長崎県平戸島での貧しい生育環境へ飛ぶ。苦学というか知恵を使って、環境に逆らって学業を続けて司法試験に合格し、検事になって大阪地検特捜部に配属されて大活躍するまでが時系列に沿って続く。それから人事交流ということで東京地検特捜部へ。関東圏に生活しているとこの部署の名前はよく聞く。ワードでさえ一括変換してくれる有名固有名詞なんだ。この東京地検特捜部での経験はひじょうに興味深い。特に大阪地検特捜部と東京のそれの比較対照がされているので特殊性が浮き彫りになる。つまり、著者が描いているのは、東京では、極端に言うと、上層部が書いたシナリオ通りの供述調書にならないと使わない、ということなのだ。それと上層部からの圧力が強い、ということ。当然のことながら、事の真相というのは犯罪に限らず複雑だろう。卑近な例でいけば、子供を怒鳴っている時が夫への怒りであったり仕事上の問題であったり社会への不満であったりってことの方が多いことは自分の心を掘り下げていくと分かる。これは卑近過ぎて比較にならないか…。

それで、加害者を調べていたら実は被害者らしいことが分かってくるが、そんな逆転があったら上層部はマズいからそのまま押し切る、ということ。このへんは、事件名も関係者名もすべて実名で詳しく書いてある。幻冬舎って出版不況の中で勢いのある出版社だけど、この本の文字の詰め込み具合は私の好みである。大き目の文字ですけすけなのは、それだけでダメ。これはその正反対。たっぷりと読ませてくれるから嬉しい。だからこの部分の解説も細かいのである。これがありうるということを下敷きにして、東京地検特捜部の事件の報道や裁判を見ると別の側面を感じられるかもしれない。著者はこの時の経験を「怖い」と言い切っている。これはつまり、関係する人はすべてシナリオの忠実な演技者であれ、ということで、血も涙もないことである。ターゲットにされたらおしまいってことだ。こういう論理を押し通す人は個人でも多そうだな。自分の思い通りにいかないと、思い込みの方を調整したり変更するのでなくて、相手が悪いで処理する。マスコミの人でもたまあに見かけることがある。最初にストーリーありきで、それにはまる人のコメントをはめ込む。一丁出来上がり。ウソじゃないからいいんだ、って考えもあるかもしれないが、消費者としては、この文章はウソじゃないけど、それで全体にはホントウかい?くらいの目は磨いておかないといけない。それが司法でも同じってことを教えてくれる本というのが半分までの印象である。
by kienlen | 2007-07-30 17:15 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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