思い出に頼ることで見えてくる事もある

生家は山間地にあって、家の裏は山、眼下は川で、畑も遠かったし、土蔵とか蚕室とか別棟がいくつかあったし、トイレも外だったから、子供の頃にトイレに行くのは怖かった。それに、母と提灯を下げて土蔵の戸締りに毎晩行った。今思うとなぜあんな事をしたのだろう。母屋にカギもかけないのに土蔵にかけるって。味噌や漬物はあったけど、あんな大きな樽を盗む人がいるんだろうか。車だって入って来られない場所だし、歩くには山だし、途中まで車としてもそもそも当時まだ珍しかった車を持てるような人が、味噌泥棒するだろうか。それで、ふと、母にとってしばし娘の手を引いて夜の庭を散歩するのが、大家族の中でのヨメという立場からのひと時の解放だったのかもしれないと思ったりもする。全くの想像でしかないが。ただ、私は夜に、中にはもっと暗闇が広がる土蔵の戸を閉めるという行為が恐ろしかった。それ以外にも、むろん外灯なんてある場所じゃないから、離れた町場の中学までバス通学して何かで遅くなると冬などは、バス停から真っ暗な夜道を1人で歩いて帰るのだから怖い。よく暗闇を彷徨する悪夢を見たものだ。

という思い出を引っ張り出してきたのは、母はまだ若かったから祖母かもしれないが、私が暗いトイレに行くのを怖がると「歳取ると不思議と怖くなくなるんだ」と言われたことを思い出したのだ。だから歳を取るということは、少しずつ恐怖からの解放されることであるようなイメージをその時から抱いていたのかもしれない。だから辛い事があると、どこかで「歳とれば楽になる」みたいな囁きが助けてくれるのだ。その後、これはもう大人になってからの事だが、妻の不貞というのはすごく多いのだという現実に気付いた。職場にも周囲にもたくさんだったから。その時に、不思議だったのは夫の方の態度である。態度っていっても私がみんなを直接知っているわけではないし、知っていても顔見知り程度だから、日々の行動に関してではなくて、妻を通じて感じられる妻への関心のレベルというか種類というか。だって、それでも平然と日常生活を営むってどういう事かな、ってのが当時の自分の内心だった。それで今思うとあれも自分が若かったせいかだろうか、と思う。やはり原点はあの暗闇にあるのだ。怖いなと思ってもトイレに行かなくちゃならないし、たまにばあちゃんが同行してくれたけど、こっちの恐怖心など関係なく、みんな平然と団欒して笑っていた。あそこで闇に吸い込まれた子がいたとしても、アレってなもんかもしれないな、と思って、その後、いやいや違う、もっと人との関係性というのは深いものなのだ、特に男女は、親子は、なんて思おうとして、それからも解放されていくのが年齢を重ねるということなんだろうか。なんでこんな思い出に浸っているかは別として…。
Commented by jun at 2007-07-15 14:18 x
小さい頃の思い返しって、何十年経ってもありますね。徐々に、行きつ戻りつしながらトラウマなども氷解していければと、私もいくつかの悪夢を見る時、思ったりします。
浮気は一人では出来ないと言われますが、たしかに夫の専売ではなく妻の不貞とも言えますね。結婚している場合ですが。
恐怖も含めてですが、私も囚われているものから解放されて生きたいと常々思っています。
ところで、「なんでこんな思い出に浸っているか」は聞かずにおきましょう。
Commented by kienlen at 2007-07-15 19:15
いやはや、まことに見透かされたコメントでありがとうございました。関係性ですからねえ、何事も。
by kienlen | 2007-07-15 10:33 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31