何かひとつだけ

夫が各地で目撃されていて、今日も友達から「この間、犬連れて歩いていたわよ」と言われた。自分ちのウサギのエサも取らず、子供に会う時間もないのに、人の家の犬の散歩とは優雅なものである。「なんか、あの辺に彼女がいるんじゃないの」と言っておいた。で、夕方家に戻ると珍しく在宅しているから「人の家の犬の世話する時間があったらたまにでいいからウサギのエサ取って欲しい。それから子供に会って欲しい、もしも、時間があるのであれば」と言う。「ああ、あの日はモグモグ…タイ人の友達の家に遊びに行っている、あの日はR、あの日はA…」。いつもこれなので「いつも説明不足。説明すべきことは説明すればいいわけでしょ」と言うしかない。私は自分の行動も考えも説明できるタチなので説明できない人というのが分からない。無意識に思考したり行動しているんだろうか。だとすれば幸せかもしれないが、他を巻き込む案件については、幸福ね、で済ますわけにもいかないだろう。「で、将来についてどう考えているわけ」と聞くと「先のことは分からない。子供が親を見捨てるのが日本の習慣だから、自分の事を自分で考えていくしかない。それが日本の習慣でしょ」と言う。それが日本の習慣ね…。

そうだな、と思った。不安なのは自分だけではない。仕事も経済基盤も何もかも脆弱。するとせめて家族の温かさを求めたいところだろう。そういうことがビシビシ伝わるアメリカ映画を見なくとも、想像できるってものだ。もっとも想像の世界じゃなくて今ここにある現実なのだが。でも今の我が家には何もない。せめて何かひとつあるとまだマシだろう。その時残るのは子供なんだろうか。自分には実感がない。これは日本の習慣か。しかし周囲を見ても親を捨てている人は見当たらない。私自身そこまでの自信はない。他は?夫婦が、いずれ2人で暮らすと思えたら、多分そんな幸福な事はないように思うが、あるいはたいていの人はその感情を享受できているんだろうか。分からない。求めているのは贅沢な事ではなくて、多分ほんの少しで、ある程度の見通しなのだと思う。見通しだから違う場合があって当然だし、それでいいのだが、その束の間の拠り所みたいなのがないのはキツイと思う。こういうメダカみたいな人間が大量になって、一気に投網ですくわれないようにしないとなと思いつつ、これに耐えられるかは難しいところだ。
by kienlen | 2007-07-03 18:53 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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