『仏教と日本人』のポイント解説

アジアを旅するワインさんへ。1冊の本をこの文字量で紹介するのは無理ですが、タイや周辺上座部仏教の国を歩いていると疑問符たくさんになる気持ちはよく分かるので試みます。まずは問題設定ですが、明治以来輸入された仏教研究で、仏教形成当時の様子が分かるにつれて「原始仏教」こそが純粋で、中国経由で伝わった上に独特の「てら」や「ほとけ」がキーワードになっている日本民衆の仏教理解はどっちかというと批判の対象となり、意味を見出す作業を怠ってきたのではないか?→しかし仏教の筋は貫かれているのだからここで紹介したい、ということ。そこで最初に取り上げるのが地蔵。もとは仏教の菩薩とはいえ信仰が確立したのが日本、ということで地蔵の謎解きへ→多分ここでのポイントは土着の自然信仰や民衆の信仰と地蔵が結びついたということにあると思います。

2章は地獄と極楽について。“仏教の教える地獄は地底はるか深く、極楽はこの世を去ること”で、両者が一致することはあり得ないが、日本仏教の特徴は地獄と極楽の連続で、“死後感のみならず、相反する観念が一つに溶け合うといった日本人の思惟の大きな特徴”となってます。これが日本人の特徴なのかどうか、ホント?って気はするけど、地獄と極楽の連続性の解説は面白い。ここでのポイントは山。仏教の地獄は地底深くだけど日本での地獄は山にあり。ここで死者は浄化される。この死者浄化の考え方が、仏教儀礼と一体化して先祖供養の型が出来上がる。あともうひとつのポイントは、時代が変化して現世の生活に充実するにつれて「あの世」への関心が薄くなり、地獄を茶化すような風潮も生まれ、現世での快楽追求第一の生き方が台頭。これはどこの国もきっと似たようなものでしょう。まとめになってないので章の最後のくだりを引用します。“それにしても、地獄と極楽が並存し、容易に地獄から極楽へ移動できるという死後観念は、人々に死後の安心をもたらしたことはいうまでもない。人はすべて「ほとけ」とよばれるということも、そのあらわれであろう。死後の平等は、仏教がもたらした大きな成果でもある”。この紹介の仕方は難しいなあ。まとめられないや。続きは後日ってことでお願いします。
by kienlen | 2007-06-24 22:16 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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