ダーウィンの悪夢

やっと観た。ちょっと呑気になり過ぎだから、今日まで徹底的に呑気で明日は仕事と決意して、夕方息子に「映画に行くけど一緒に行く?」と聞いたら「残酷なのはイヤだ。でも映画に行く余裕よくあるよね」と、ソファにひっくり返って言うから「それ、つまりろくに仕事もないのに映画に使うカネがあるって言いたいの」と聞いたら、そうだと言う。「1000円以上の価値があると思うから」と言って出かける。観客は約10人。私が読むような雑誌では結構取り上げられているので自分なりのイメージはあったが、思ったより控えめというか、徹底的に暴くというようなスタイルではなくて、やり切れなくて逃げ出したくなるところまでじゃなくて良かった、というか見やすかった。もっともドキュメンタリーなのでこれが限界だと思う。アフリカの映画はこのところやけに多いが、いずれも感じるのは「なぜここまで…」ということだ。どれを見ても、それが分からない。映像なり物語なりの形にするには、ある程度単純化しないとならないと思うけど、それさえできないくらい複雑なんだろう、アフリカは。

舞台はタンザニアのビクトリア湖周辺。ここにある時放たれたナイルパーチという肉食魚が、多様だった魚類を絶滅に追いやるほどの勢いで増えているのだが、経済的な視点で見ると、この魚が食材として世界各国に輸出されて稼ぐカネで、湖周辺は活況を呈している、ということになる。おかげで国内から労働力が湖周辺に集るのだが、まじめに働けば家族共々いい生活できる、なんてわけがない。家族は崩壊し、エイズが蔓延し、親のない子がストリートに溢れ、その子達はシンナーや麻薬で眠りにつき、暴力で簡単に死ぬ。その頭上を飛行機がひっきりなしに離着陸する。ナイルパーチを運ぶためだ。ヨーロッパへ、ロシアへ、その他へ。実はその飛行機は魚を運ぶだけが目的ではない。人道支援物資もあるが、武器もある。最後に、パイロットが重い口を開く。「戦車みたいな大きいのを運んだことがある。会社はカネを受け取っていた。帰りは南アフリカのぶどうを運んだ。友達に話したら言われた。アフリカの子はクリスマスプレゼントに銃をもらい、ヨーロッパの子はぶどうをもらう。俺は世界中の子が幸福であって欲しい、でも、だからってどうしようもない」みたいな言葉を吐く。食糧を採って加工する労働者自身がそれを食べることができない。換金食材は高価過ぎる。世界を覆うこのシステムが、人が比喩でなくて生きるという点で決定的に間違っていることを突きつけている。
by kienlen | 2007-05-26 21:59 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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