Gyaoで「エス」を観た

在宅仕事をすべき日だったのにしなかった。ほとんど1日中本を抱えてウトウトしていたようなものだ。情けないことに昨日のワックスがけのせいで腕が重たい。さすがにここまで天気がいいとパソコンに向かっても集中できないし、夕食時にビールを飲んでしまうしで、どうにもならずに仕事は諦めて、ええい、明日回しだ、というわけでGyaoを開けたら「エス」がメニューにあったので即クリックした。高額の報酬で実験参加者を新聞広告で募って、各人に囚人と看守という役割を与えての心理学実験はアイヒマン実験とも呼ばれて有名だが、その実験を元に映画化したものだ。この実験についてはおぼろ気には、看守役と囚人役が早々に役割に自分を同化させていくのがポイントだと思っていたが、ここで描かれているのは、そんな単純な話しではない。主人公がいかにも映画的に、潜入ルポを目的にした記者という設定になっているのが必要だったのかどうかはちょっと疑問だけど、ただそのおかげで、すべての被験者どころか実験者までもの予想を超えて収拾のつかない事態になっていく、という怖さは強調されることになる。

実験の舞台はもちろん刑務所で、看守は制服着用で手錠等の小道具も装備。囚人役は身体チェックされてワンピース1枚になって収監される。看守の任務は刑務所の秩序を保つこと。暴力は禁止という実験者の教授からの注意を守ったのは最初だけで、看守達の集団の中にリーダーが生まれて、それに異を唱えることなく従う人などの序列ができ、それによって暴力がエスカレートし、とうとう実験者に対してまでも及んでいく。囚人達には相談できる場もなくひたすら無力なので、こちら側に集団心理的様相は生まれにくく、もっぱら看守側のそれが描写の中心となる。最後は狂気であるが、看守側の狂気と囚人側の狂気は当然のことながら質が違う。ナチスという組織や服従の心理の解明がこの実験の目的にあったはずだが、これを見ていると、なるほどと思う。そして何より怖いのは、すぐにでも今の社会にも適応可能な本質を突いているってこと。昨日の映画の余韻を維持したかったけど対極にあるようなもので台無し…にしたくない。
by kienlen | 2007-05-04 23:28 | 映画類 | Comments(0)

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