在日25年の韓国人と話す

ランチに友達と話した後で、前回に続いて放火事件の裁判の傍聴に行った。被告が韓国人で韓国語の通訳が付く。今回もまた証人尋問のみ。それが終わると「後は非公開」ってことだったので帰りかけてから、持参した日傘を傘立てに忘れたことに気付いて一旦戻ってからまた外に出たところ、韓国語の通訳の人から呼び止められた。このSさんとは前回の裁判の時に知り合ったのだが「非公開の部分はじきに終わるから良かったらお茶でも」と誘われたので、ロビーでしばらく待ってから一緒に付近の喫茶店へ。予定よりずっと早く終わったのでちょっとリラックスしている様子だった。結婚で来てから在日25年、と聞くと、私もあのままタイにいたらどうしていたかな、と思ったりする。Sさんはしゃべるのが商売だけあって来し方を流れるように話してくれた。日本人男性と結婚したタイ人女性の多くと共通しているのは「嫁姑」及び「小姑」関係だった。しかしSさん程の語学力と才能があると愚痴を言うなんて次元ではない。

子育てが終わったので、会社を経営しながら仕事中心の忙しい生活らしい。本来なら喫茶店で話している時間なんてないのに、今日は裁判がたまたま早く終わったからこうしていられるというだけのこと、だそうだ。ああ、こういうやり手の有能な人といると圧倒される。そのエネルギーと能力を分けて欲しい。子育てとかいろいろと興味深い話しの中で月並みな質問をしてみた。「日本に来て驚いたことって何ですか」と。Sさんはすかさず「PTAの時かな。日本の人ってなるべく目立たない服装で行くのね。外で会う時はおしゃれしているのに、PTAの会議っていうとわざわざ地味な服に着替えてる。韓国人はなるべく目立とうとするけど」と言う。ほう、あの異様にも感じる地味さってわざわざ狙ってのことだったのか、私は日本人だが教えられた。お隣の国なのに随分と違いますねえ、って話しになる。「人生何があるか分からない」と何度も言っていた。こんな韓国ブームが来るなんて思ってもいなかったそうだ。おかげで商売繁盛。ふうん、いいなあ。「タイだっていつそうなるか分からないですよ」ってことで、時計を見て「あ、次の予定が!」と慌しく去っていった。
by kienlen | 2007-04-11 22:34 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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