「遠慮する」を改めて振り返って混乱

パソコンに向かったまま仕事にならず、お気に入りに入っているいくつかのHPを覗いていた。その中にタイ在住の英語圏の外国人達が共同で開設しているフォーラムがあって、面白いのでたまに読んでいる。特に目的もなく大変な情報量の中を彷徨っていたら、ひじょうに興味深い質問があった。เกรงใจ=グレンジャイ=「遠慮する」ってどういう意味か?というもの。日本語圏の人にとってはこの言葉はスンナリ理解できるのではないかと思う。ただしちょっと使い方は違うかも。というのは、タイ語だと、自分自身の行為に対してよく使っているように感じられる。日本語だったら相手に対して「遠慮しないでね」とは言うけど「遠慮しちゃいます、私」とは、まあ言ってもいいけど、例えば目上の人に対してだったりいい大人などは、あまり言わないんじゃないだろうか。でも「遠慮」という概念自体を改めて振り返ったことがなかった私は、このタイ語は日常的に使っている。これ食べて食べて、と勧められたらเกรงใจと一応言って、さらに勧められたらいただきます、とか、あとは「遠慮しないではっきり言って」とか、いろいろな場面で。

ところがこの英語圏の方の質問に対しての答えは「これは私達西洋人にとっては難しい考え方で、ぴったりの単語はありません」というもの。辞書的な解説をしたのもあれば、状況設定して教えているのもあるが、結構苦戦しているようで楽しい。状況としては「アパートの廊下を女の子2人が走り回ってノックもせずに部屋に入って来たとする。この子達は『無遠慮な子』である」。ううむ、なる程ね。でもなんか苦し紛れの気もする。次はこういうの。「隣人からパーティーの招待を受けているがその日は行きたくない。そしたら妻が『断ったら無遠慮である』と言った。活きたサンプルがあった」みたいなもの。多分この妻はタイ人だろう。そして私も混乱してきた。改めて考えると、もしや、自分が日本語的に使っているこの単語の使い方やら考え方は異なるのかもしれない。今、それを調べている時間がないが、こうして別の言語圏の方の見方を知るのも面白いことだ。しかし、英語だとやはりその場に合った言い回しになるんだろうか。その点、タイ語と日本語の遠慮概念は親戚くらいの近さはあると思う。
Commented by jun at 2007-02-25 00:41 x
POLITEやSENSITIVEくらいしか、つたない私の語彙では思いつきません。日本でも「忖度そんたく」という、思い図るという言葉にも解説が必要になった気もします。
さて、連ちゃんで飲み、今夜はネットカフェで初めて泊まります。意外と快適です。シャワーもあるし広いし暖かいし。たまには家族と離れて安上がりの自由を謳歌しています。課題のレポートも進みそうですし。「遠慮」はいらないし。
念願のレストランにも行けて大満足。スープも美味しかったです。
Commented by kienlen at 2007-02-26 10:01
そうか、遠慮ってそういう時に使いますね。さすが言葉の達人だ。しかしこの感覚はアジア的かも。アパート代払えなくてネットカフェで寝る若者の記事を新聞で読んだところでした。
by kienlen | 2007-02-24 21:07 | 言葉 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る