遠方の友より届いた荷物

昨夜飲んだビールのアルミ缶を握りつぶしていた時に玄関のチャイムが鳴った。「宅急便です」という声が聞こえる。わざわざ大声だすのは怪しい、なんていちいち思っていると近代社会生活を営めずに引きこもることになるだろうから思い切ってドアを開けると、いつも来る宅急便の担当者だった。「今日は3つありますよ」と言うから3枚にサインする。2つは、私がヒイキにしている「通販生活」で注文したもの。この雑誌を発行しているカタログハウスという会社の姿勢が好きなので、努めて買い物による支持をしている。例えば、読者の購入のおかげで沖縄の工場が持ち直したとか、ちゃんと成果を報告してくれるから、選挙より実感できる感じだ。少なくとも品物は必ず届くから死に票はない。ついでに社長の斎藤駿『なぜ通販で買うのですか』って本はすごく面白い。広告やらマーケティングとその時の社会背景がどう結びついているかが身近な例でよく分かるようになっているし、ちょっとした現代史風。今回注文したのは、食品と洗剤とへナカラー、椿油などの消耗品のみ。

で、最後の1個はいかにも手で詰めましたって表情の大きめのダンボールだ。私に荷物を送ってくれる個人はほぼ皆無なので期待が高まる。思いも寄らぬことに、この間ウチに寄ってくれたiさんからだった。この春から世界一周の旅に出るという話は聞いていたが、いよいよ身辺整理も細部に至ってきたらしく、いくつあっても困らない日常品を見繕って送ってくれた。こうして誰かがどこかで自分を一瞬でも思い出してくれるということは、まさに生きる励みになる。本当にありがたいことだ。年齢のせいか、同世代の友人に電話すると第一声が「思い出してくれて嬉しい」、メールすると「ジャンクメール以外、誰からもこないから嬉しい」という反応があるし、私自身も全く同じような反応をして、嬉しさついでにボランティア仕事なんかまで引き受けるハメになるのだ。やはり最も耐え難いのは孤独なんだろう。それで、その送り主のiさん達の旅であるが、羨ましい限りである。旅そのものというよりは旅の道連れがいることに対して。ま、人それぞれ何かを探す過程が生きるということなんだろう。それで、自分は何を?こういう問いはいくつになっても変わらないことが情けない。届いた荷物がヤケに重たく感じる朝だ。
by kienlen | 2007-01-30 11:04 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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