アフリカ映画が目白押しなのはなぜ

何かひとつ知識が増えると、これまで何気なくやり過ごしていたものが違った様相を見せ始める。今日の場合、それに当たるのが「アフリカの苦しみ知って」という新聞の文化面の記事だった。「貧困や紛争、差別などさまざまな問題を抱えるアフリカを舞台にした社会派映画が相次いで公開される」という書き出し。私も感じていた。昔、アパルトヘイトを扱った「遠い夜明け」は見たが、アフリカとえば動物ものという貧困なイメージしかもっていなかったのが、このところ自分で見ただけでもロード・オブ・ウオーとナイロビの蜂、見るつもりだったホテル・ルワンダ、ここで公開されたら絶対に見たい「ダーウインの悪夢」と、すぐにいくつか挙げられるくらいメジャーになっている。で、この記事は公開される映画を紹介しながら「“遠い国”の出来事や人々への関心を高める機会になれば」というメッセージを送っているようだ。映画というのはインパクトが大きいから、相次いで公開されれば人々の関心は高まるだろう。それはいい事だと思うし、当然必要なことだ。でも、何で今?と考える時に、昨日聴いたスーダンに関する講演が思い浮かぶ。

冷戦構造が前提だったNATOが活動の場を求めてアフリカに介入しようとする。国連もアフリカへの介入の必要性を強調する。その行為を正当化するのに、人々の支持ほど大きいものは多分ないだろうから、それを得るためにマスメディアの力は大きい。毎日テレビでアフリカの紛争を流して人々に周知した方が、報道がないまま介入するよりは正当性は高まるだろうと思う。こういう見方だけに片寄るのは陰謀説ばかり信じるのと似ているような気もするが、捨てきれない説得力はある。アフリカのことばかりではなくて、身近なことだってそうだ。この間も、とんでもない人口密度の低い過疎の町でテロを想定した非難訓練だがが行われたというニュースをカーラジオで聞いて「あそこでテロね、随分と効率の悪い行為を想定しているんだな」と呆れたが、イザという時の動員のために危険を煽るのは有効な地ならしに違いない。不安には、多分欲望以上に限界がないような気もする。ここを刺激してやればいいんだ。でも、映画をこれと一緒にするべきじゃないか。ナイロビの蜂も、先進国の陰の目的を突いていたし、ロード・オブ・ウオーもそうだし、そりゃあ見ないより見たほうがいいんだ。というところに戻ってきてしまった。
by kienlen | 2007-01-27 21:32 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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