白バラの祈りを観た

暇になったので久々に映画の気分になった。たまたま女性サービス日で1000円だった。入ったら観客は2人だった。誰もいないよりマシな金曜日の真昼間。その後全部で7人になったから、私が行く映画としては悪くない入り込みである。『白バラの祈り-ゾフィー・ショル、最期の日々』というのがタイトル。1990年に入って発見された新たな資料に基づいているということだ。時は1943年。戦争犠牲者が増え、ユダヤ人虐殺が行われる中、ナチス政権を言論によって、つまり国民に事実を知らせることで内側から崩壊に導きたいと考える学生達の抵抗が、大学構内でのビラまきに発展し、実行したゾフィーと兄が逮捕される。その後の取調べ場面に時間が最も割かれている。取調べ官が、ナチスの台頭のおかげで田舎者の自分が出世できたことを語ったり、国費で学生という身分を保証されながら反政府運動をする矛盾を糾弾したりもする。途中から覚悟を決めたゾフィーの一貫した勇敢な姿勢が、どうしたって涙を誘う。数日の取調べと一瞬の検察官からの起訴状受理、即裁判で即日処刑と続く。国選弁護人も形式上はいるが、本心がどこにあるにせよ、言挙げする勇気などあるはずない。法廷では兄もその友人も一緒に裁判官から激しく一方的に指弾される。彼女は「次に裁かれるのはあなた」と裁判官に向かって言って去る。

私にとって最も印象的だったのは、折りにふれて空を見上げ、室内では天井を見上げるゾフィーの視線だった。取調べでも裁判でも「理想」が問題になる。理想ばかり言ったって、現実はこうなんだ、ということだ。でも何が現実で何が理想かというのは人によって異なるはず。上を見るか、足元を見るか、横を見るか、それだけで随分と違う。どこかにあるだろうと信じて求めて生きるのも、他からその道筋が見えなくなって当人にしたら現実だし、今、手に届く範囲の材料から判断するのも現実だ。そして問題なのは、やたらに変更したら拠り所がなくなるから暗示みたいに固執することだ。それを避けるには時々は空を仰がねば。ナチスに関しては膨大な資料があるし、私はどっちかというと組織だとか、服従の心理という面から読む傾向があったが、ちょっと前に『黙って行かせて』という本を読んだ時に、恥ずかしながらハッとした。アウシュヴィッツの看守を務めていた母に娘が取材したもので、最後まで行き違いのままで終わるのは、母の固有の現実が強固だからだったと思う。この本をちょっと思い出した。単なる、正義感の強い学生の抵抗の物語りではなくて、すごくいろいろな意味を含んでいる。抑えた映像も好きだし、役者もどれもいい。ストーリー展開はとっても単調で驚く場面は何もない。でも全く退屈しない。全体に素晴らしい映画だった。
by kienlen | 2006-10-27 18:22 | 映画類 | Comments(0)

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