ワレンからの便り

パソコンは、新着メールが入ると音が鳴る設定にしてある。その音はよく鳴るが、ほとんどはジャンクメールのお知らせと化している。たまると削除の手間がかかるので、音が鳴ったら1個ずつ消していく。ジャンクメールの大方は英字であるから、それも削除しそうになって、なんか見たことあるな、と思い留まったらオーストラリア人の友人からの、2年か3年ぶりのメールだった。アドレス変更のお知らせの一斉メールで、オーストラリアでは自分には仕事がないので1年かそこらタイに出稼ぎに行きます、という内容。彼の名前はワレンという。バンコクにいた頃は、親しい友人の1人だった。初対面は、私が、今思うと申しわけないが日本語を教えていた、ビジネス街のど真ん中にある語学スクール。教師用の部屋に入ろうとしたとたんに「Who are you?」と聞かれて面食らった記憶がある。英語っていきなりこう聞くの?という意味で。それで自分が何て答えたか、答えられなかったかは覚えていない。ワレンはそこで英語を教えていた1人だった。

その後彼は、韓国で仕事の口があれば行き「ガールフレンドができた」というハガキをくれ、フィリピンに移動すると「なかなかGFができない」というハガキをくれ、エジプトに行けば行ったでハガキをくれた。移動の間に必ずバンコクを経由するから、その都度会ってもいた。私にとってオーストラリアのイメージは彼によって形成された。デカイ、おしゃべり、明るい。とはいえ、ワレンは10代の頃にオーストラリアを離れているから、彼をもって典型的なOGとも言えないだろうけど。そのワレンが、珍しくしんみりとこう言ったことがある。「最初に行った国は日本で、そこで結婚して子供もいた。でも、僕が運転する車で事故を起して子供が死んだんだ」。彼が断片的に発する日本語単語の発音がやけに日本人っぽいのは、そうだったのだ。皮膚ガンの手術をバンコクで受けた時も明るかった。「国立病院だとタダ。タイは素晴らしい国だ」と。私が日本に戻ってからも、折りに触れてメールのやりとりがあって、バンコクで落ち合ったこともある。多分7年か8年前、何10年ぶりかで、すでに父母も他界して身寄りのない故国に帰ると言っていた。彼は何歳だろう。日本風にいえば還暦近くか。それでも当たり前のように放浪めいたメール。嬉しかった。
by kienlen | 2006-10-10 00:05 | タイの事と料理 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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