勇敢な仕事ではあるが

昨日から、タイからの高校留学生に週2回程度日本語を教えるという勇敢な仕事が始まった。この間読んだ『わたしの外国語学習法』に、著者がまだそれほどではない言語の翻訳をしたところ「勇敢な訳です」とコメントされて戻ってきた、というようなくだりがあって、ついでに読者でしかない自分まで影響を受けている、そうだ、何事も果敢に挑戦しなければいけない、と。買ったのやら借りたのやら、たくさんのテキストを持参。生徒が2人だけなので楽しい雰囲気。高校生くらいになるとそれなりの話ができるので面白い。先週、始業式に同行した時も、校長室でずっと待ちながら彼らが珍しそうにこう言った。「タイの学校では校長に会いたい時、いろんな手続きして書類書かないとできないのに、日本の学校は簡単だ」。その日はいろんな人が出入りして、掃除の生徒もタラタラと出入りしていたのだ。校長に彼らの感想を伝えると「日本も昔はそうだったんですがね」と言っていた。

今まで接してきたところでは日本語がほとんどできないような印象だったが、話してみたらそうでもなくて結構長い文章を作っている。私の方は、彼らがここまで2か月学んできたテキストの続きを予習して、そこからスタートと思ったら、実はまだ終わってない課があって、そっちを優先することにした。それは「くれます、あげます。もらいます」という語に関する単元。日本語教師が媒介後を使うということは通常ないようで、私ももちろんタイ語を使うつもりはないが、それでも相手がタイ人だから、彼らの頭の中の変換はどうなっているのだろうと考えることになる。すると、これは楽だろうなとか、これは難しいかも、という予想がつく。今回のこの構文は多分易しいだろうと思ったら、案の定どんどん文章を作っている。「お母さんは私にタイ料理を作ってもらいました」なんて言って大笑い。笑うのはいいけど意味分かっているのか。聞いたら分かってはいた。しかしこれってあんまり使わない。タイ語ではさらに使わない。不自然なタイ語に訳してみてまた笑っている。面白かった。
by kienlen | 2006-08-30 09:23 | 言葉 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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